白金の羽 | ナノ

彼の名は


  ーーあ、あの雲「そふとくりいむ」に似ているな。

  確か栄えた街の守護天使見習いがそんなものがあると教えてくれたことがあった。

  真っ青な空に浮かぶ雲を見ながら、アドリアはそんなことを考える。

   天使界から弾き飛ばされ数週間。それはアドリアが人間として生きてきた日数なのだが、案外アドリアはのどかなウォルロ村に馴染んでいた。
   怪我は背中の羽根のあと以外はきれいに消えて後遺症もないため、あの後アドリアはリッカの家で世話になっている。彼女は祖父とともに暮らしていたらしく、アドリアが手当てのお礼に店や家事の手伝いをすると申し出ると喜んでいた。
しかしアドリアも天使界のことを忘れた訳ではなく、こうして人間と生活を共にしながら天使界に戻る手立てや元々の原因を探っている。

  だから今日はウォルロ村の守護天使の像の近くまでやってきたのだが。

  「名前はまだ俺のままなんだ。天使界からしてみれば俺は音信不通のはずだし、イザヤール師匠あたりに戻ってると思ったんだけど」

  白い像に刻まれたアドリアの名前をじっと見つつぶつくさつぶやいていると、後ろから最近聞きなれた声がふってきた。

  「誰かと思えば、最近地震のどさくさに紛れてウォルロ村に転がり込んできたアドリアじゃねえか」

  「ニードさんはリッカが最近おまえに構ってばかりなのが気に入らないんだよ!」

  「おい!」

  ブロンドの髪を前にせりだすように固めた髪型のニードに、彼の腰巾着ポジションのおかっぱのマルコである。
  彼らを筆頭とした数名はアドリアがこの村で暮らすことを快く思っていないようだったが、村長の息子であるニードは主に「リッカの家に転がりこんだ」ことだけが気にかかっているように見える。本人も半分認めたようなものだが。

  「おはよう。いい天気だね」

  アドリアはふたりを振り返るとにこやかに挨拶する。あのふたり自身をどう思っていようが、アドリアは彼らのことが嫌いではなかった。アドリアはこれでも300年近く生きており、イザヤール師匠の弟子になってからは度々このウォルロ村を訪れた。彼らの幼い頃から知っているだけあり、いくら罵倒され怪しまれようと、それらはただの反抗期程度にしか感じなかった。

  「ハッ、しらばっくれてもだめだぜ。おまえは旅芸人だって言ってるらしいが、それっぽい技を一度も見せたことねえじゃねえか」

  あははと笑って見せたアドリアだったがそれは全くの図星だった。なにせアドリアはこの村で旅芸人の扱いを受けているが実際天使である。技のひとつも持ち合わせていなかった。しかし自身の身体能力は限りなく旅芸人に近いものであったため、修練を積めば芸や技のひとつは習得できるかもしれない。

  「あんまり得意じゃないんだ。うまくできるようになったら見せるよ」

  「それもほんとかどーだか」

  マルコがその言葉を鼻で笑って返すが、その鼻には泥がついている。アドリアはそれをなんだか微笑ましいような気持ちで見ていたのだが、彼らはとある人物の一声で崩れた。

  「ちょっと! あなたたちウチのアドリアに何か用?」

  急にそわそわし始めたニードのすぐ後ろで両手を腰に当てて顔をしかめるリッカは、ふたりを一瞥した後アドリアに向き直って、

  「アドリアも、折角包帯が取れたのに無理しちゃだめよ。そこまで元気なら、ご飯ができるまで村の人達に挨拶したらどうかしら?」

  アドリアがうん、と柔和に笑い提案を受け入れていると、ニードとマルコがそそくさと(実際はニードだけだが)その場を去っていった。ニードからしてみれば、かねてからの想い人の登場は予想外な上に不都合だったのかもしれない。リッカはそんなふたりを見て、「何でだろう、ニードだって小さい頃はもっと素直だったんだけどなぁ」とぼやいた。

  「さあ、コのつく病じゃない?」

  まさか恋煩い、とリッカは感づくわけでもなく「そっか」と短く返事しただけだった。

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