満月の夜 | ナノ
時刻は何時頃だろうか。
皆が寝静まり起きているのは夜の空にぽっかりと浮かぶ月だけかもしれない。
しんと静かな町、橋の近くの柳が風にゆらり揺れ風が吹いたのを感じさせた。水面に映る月がなんとも幻想的で美しい。
そうか、今日は満月か。そう思ったのは今欠伸をした野良犬かもしれない。そんな野良犬も重たい瞳を閉じて今眠りに付いた。

今日はなんとも美しい月だ。

眠りに付いたはずの町に黒い影が二つ満月に映りこんで消えた。
二つの影は屋根を伝い町を駆けている。音も無く駆け、音も無く跳び、音も無く消えた。

「おい小十郎しくじるなよ」

二つの影の内小さい方の影が片方の影に話しかけた。音が無かった町に音が生まれた。
片方の発した声は小さかったが今の静かな時刻、その声はしっかりともう一人の耳に届いていた。

「無論。政宗もしくじるなよ」

明るい月に照らされ小十郎と呼ばれた男の顔が笑ったのが分かった。

今夜はなんと美しい月なのだろう。
小十郎は思った。大きな丸い月をぼんやりと眺めて小十郎は思った。
自分達二人は町で騒がれている盗人の「双龍」という者だ。
名前の由来は着物の柄の龍と置手紙に描かれた手描きの龍からだった。

二人は盗人だ。それもかなり名を轟かせている盗人。
決まって現れるのは満月の月が綺麗な夜。ふらりと現れ両替屋や簪屋などに入り金を盗んでいく。
役人も何度も捕まえようと試みたのだがいつの間にか消えているのだ。まるでそこに何も居なかったように。
まるでその二人が闇に紛れてやってきた人じゃない何かのようにのようで。「不気味だ」役人は口を揃えて言った。

夜の町がまた騒がしくなりそうだ。

ひらり二人が舞って一つの屋敷に忍び込んだ。
暗闇に慣れた二人の目はしっかりと建物を瞳に映していた。音を立てずに金を探す。
今回忍び込んだ屋敷の主人は金貸しをやっている。しかも相当あくどい手口の。
最初は金を簡単に貸すから皆喜んで借りていったのだが、利子が高く月日が経つうちにあっという間にとんでもない額にまでなる。
それも一人二人ではない。かなりの人が悩まされていた。主人は「借りたもんは借りたんだからさっさと金を返せ」と言い張り家に押しかけ家具や着物を持ち出しそれを金に換えたりもしていた。
一家心中するものも少なくは無かった。そんな汚いやり方は最悪だと二人は静かに思っていた。

見れば家具も小物も何もかもが高そうではないか。だが、趣味が悪い。
二人は二手に分かれてそれぞれ金と金目の物を探すことにした。
ごそごそと棚を見るとしっかりと隠されていた小判がじゃらじゃらと出てきた。

こんなに金があるんだ、少しは人の為に何かしたらいいのだがな。と考えたが主人の性格からそんな事をするのは一生ないな、と思った。
ああ、胸糞悪い。
ぐっ、と小判を握り締め感情を押し殺した。

その時だった。

「く、曲者だ!」

と言う声が暗闇に響き渡った。
(しまった。)
焦りはした、が冷静に小十郎は動いた。
声を発した本人の口を塞ぎ肩を外した。痛みに声を洩らす男に口に布を挟んでから手足を縛りつけた。

顔をよく見るとなんとここの主人ではないか。
主人の声にばたばたと家の者が起き出し近づいてくるのが分かった。だが、幸いにも人は好少なかった。
近づいてくるものに顔を見られないように手拭いで顔を隠しながらひっそりと近づき、一人一人気絶させる。
問題なのは周りの屋敷から人が来る事だった。その前にここを去らなければ。
政宗とは何かあったら片方を置いてでも自分だけは助かれと言う事を心に留めていた為政宗は主人の声を聞いた時にもう屋敷から出て行っただろうと考た。
これは小十郎と政宗の二人の約束のいくつかのうちの一つだ。

ふと主人を見れば涙を流し小便を洩らしていた。
小十郎は見下すような瞳で主人を見た。すると、主人はもがもがと何か言いたそうだった。
本来ならここでは金だけ盗んで逃げるところなのだが主人のただならない雰囲気に小十郎は大きな声を出さない事を約束する代わりに口の物を外すと言った。
もし、約束を守らなければ即殺す。そう脅しをかけて。

口を塞がれていた物を外された主人は弱々しい声で言った。

「頼む俺の命だけは助けてくれ。代わりになんでもやる!」

必死にそう言った。
元々殺す気は無かったのだが主人は殺されるものだと思って必死だ。

「頼む、頼むから命だけは助けてくれ!」

俺の命だけは、そう繰り返す男。自分の事しか考えない最低な野郎。小十郎の一番嫌いな考えだ。
男の話を聞いているうちに小十郎は段々と冷静さを失っていた。男に対しての苛つき、むかつき、怒り。
そして男はあろうことか「なんなら俺の娘をやろう!な、それでいいだろう!」と言ったのだ。
自分の血を分けたはずの娘を差し出したのだ。この最低下種野郎は。
小十郎は珍しく理性を失っていた。この男がどうしても許せなかったのだ。
だから、殺す予定ではなかった男の首に、刀を押し当て、殺した。

血が音を立てて男の首から噴出した。がくり、力を失った男の首が下を俯いた。
小十郎は以外にも冷静な様子でその様を見ていた。世界にはこんな奴が一体何人居るのだろうか。そんな事を考えて嫌になった。そして、手をかけてしまった自分にも嫌になった。

そして小十郎はその部屋を後にした。
いくつもの部屋を見て小十郎は目当ての物を見つけた、それは先ほど男が差し出すといった娘だった。こんな状況でも起きずに寝ている娘に少し呆れた。
しかし、自分が近づくと娘はゆっくりと瞳を開けた。そして自分の姿を捕らえると「ひっ」と短い悲鳴を出し顔を強張らせた。
叫ばれる前に小十郎はその口を押さえ「静かにしろ」と低い声で言う。
すると娘は泣きそうになりながら首を縦に振った。小十郎はそんな娘の首の後ろを突いて気絶させ、また静かになった町に溶け込んだ。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -