19、一生犬命な子。
城の中着物を乱しながら一人、俺は井戸に向かった。
朝はどうも苦手であの特有のふわふわとした夢の中のような感覚。その感覚を無くし気持ちを引き締める為に俺は水を被る事を日課のようにしているの。その井戸に向かう途中いくつか欠伸をかみ殺しながら。
井戸につくと俺は早々と桶に水を溜めて頭からその水を被った。三度水を被ると大分頭がスッキリしてきたのが分かる。俺は桶を元に戻すと滴る水滴を飛ばしながら昇ったばかりの朝日を眺めた。
なんともまぁ


「気持ちわりぃくらい清々しい朝だな」


片方の唇を上げて俺は嫌味そうに太陽に笑った。神々しいまでの朝日は俺に似合わない気がすると自嘲気味に笑う俺に、まるでそんな事を知っているかのように燦々と朝日は俺の身体に降り注ぐ。
下ろした髪を片手でかき上げ先ほどよりも眩しくなった太陽から逃れるように目を閉じ、これからどういう事をして過ごすかを考えた。
静かな空間に冴えたばかりの脳。まるで時が止まったようなこの感覚は嫌いじゃねぇ、一日にあるかないかの穏やかなこの空間にふと、人の気配を感じ取り先ほどの感覚はぷつりと消えてしまった。
貴重な一日の時間を邪魔された俺はそこを睨むように見る、するとそこに居たのは大事な妹の市だった。


水を被るのは毎朝しているが市に会ったのははじめてで正直これには驚いた。市はまだ寝ている時間のはずだが一体どうした用事でここまで来たんだ?
俺が睨んだことにより固まる市に気付き俺はすぐに表情を変え市に笑顔を向けた。そうえば市にはじめて他人のような視線を送ったような気がするな。
と言うのも俺は人によって態度を変えているようにする。上がだらしなかったら下はついてこないだろう?下にはとことん厳しく、もし上手くやってくれた者が居たら褒める。という飴と鞭を使っている。
褒める時以外に笑顔を見せるのは濃姫の時と市の時、女を口説く時等様々だが、勿論普通に笑うときだってある。


俺は置いていた手拭いを取り水分をとりながら市に近づき「どうした市、何かあったか?」と出来るだけ優しく囁いた。
すると市は大きな瞳をきょろきょろと動かしながら小さな口で可愛らしい声を出す。


「ううん。ただ、にいさまがどこかに行っちゃったから、あとを追いかけてきたの」と言って「ごめんなさい」と弱弱しく呟いた。
どうやら先ほどの俺を怒っていると勘違いしたらしく俺は市を片手で引き寄せ背中をぽんぽんと叩いてやった。


「そんなびくびくするな市。別に怒ってるわけじゃねーぜ?ただ市がここにいて吃驚しただけだ」


と俺が言うと市は「ほんとう?」と先ほどより少し声を高くさせ俺に質問してきた。そんな質問に俺は「ああ」と短い返事を返し、市が風邪をひくと大変だから市の手を引いて城の中に入った。


部屋に着くと俺は濡れていた寝着を脱ぎ着物へと女中に着替えさせ、朝餉をとり、その後、いつも通りに事が進み太陽が真上に昇り、庭で鍛錬をしている頃に犬千代が馬を走らせ城に来た。
元気の良い犬は「信長公!」と大きな声で俺を呼び突進するように俺の傍に来た。俺を見るその姿に犬耳と尻尾の幻覚が見えたのは言うまでもねぇな。


「よぉ犬。今日も元気がいいな。」
「はい!信長公に会えると思ったらつい某気持ちが抑えられなく!」


幼いと言っても14、ガタイのいい犬千代がまるで幼子のような笑みを浮かべ俺の目の前で正座をしている。
そんな犬に俺は「そうか」と言って調度良いところにある頭をわしゃわしゃと撫でた。まるで本当の犬にするような態度にも犬は嬉しそうな笑みを浮かべる。
こいつ天性の犬だな。しかし……


俺は俺の脚にすがり付く様にしがみ付いている犬の胴体をおもいきり蹴り飛ばした。結構な力で蹴ったのだがこの犬は丈夫がとりえで、手を離し眉間に皺を寄せているが、まだ余裕な表情で蹴られた腰を撫でていた。


「許可してねぇのに俺に触れるんじゃねぇよクソ駄犬」


見下すように犬を見ると、シュンとした表情を浮かべ「はい」と弱々しく呟いた。
毎回毎回言ってんのにこいつ人の話聞いてねえだろ、苛付く気持ちを抑えほとんどストレス解消用のサンドバックと化した犬を横目で見ながら俺は縁側に腰掛けた。
そんな俺に付いて来る犬はもう犬だ。しかもドMのな。


俺の顔を覗き込むように見る犬の身体にはほどよく筋肉の付いており噛み付きたい衝動に駆られた俺は歯をガチリガチリと噛み合わせた。これは俺が時々起こる現象だ。
いつもなら我慢するところだが今は目の前にいい獲物がいる。俺は遠慮なく犬の胸倉を掴み日に焼けた首にがぶりと噛み付いた。
犬はいきなりの事に驚いたが、しばらくして喘声のような声を洩らした。歯に当たる肉の感覚に満足しながら俺はゆっくりと歯を離し、綺麗に歯形の付いた犬の首をうっとりと眺めた。そんな俺を熱の篭った視線で見る犬。


だが抱く気は無いのでそのまま放置だ。
一人満足した俺にはこれからまたいつも通りの日常を送る事になるのをどこか悟った。


prev next

bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -