16、涙で育てた愛の花。
市が生まれて八ヶ月。
俺は出来るだけ毎日市に一回は会うようにしている。顔を覚えさせるために。
腕にすっぽりと埋まってしまうほど小さな市は白い肌で綺麗な黒髪、大きな瞳が印象的で可愛らしい赤ん坊だ。

おもちゃや動く物を見るたびにその大きな瞳で追いかけ、嬉しそうに笑うのだ。
俺は市の乳母達がいる部屋に居る。隣には決められたように濃姫も座っている。
毎日のように来る俺に、最初こそは嫌がっていた乳母達だが、今では俺達が来ると笑顔で迎えてくれるほど仲良くなった。

なに、菓子を渡して少し容姿を褒めて煽てただけだ。
すっかり仲良くなった俺達は今日も市の様子を見て微笑む。
市は俺のことが好きらしく、俺に抱かれているといつも笑顔でいる。と乳母が言っている。
だからって訳でもねぇが俺は市を抱いている時間が多い。まぁ、俺も嫌じゃねぇし。

乳母から市を貸してもらうと俺は縁側と部屋を分けている柱に体を支え市を抱きかかえた。
市はきらきらとした瞳で俺を見つめ手を伸ばしてくる。
小さな手に自らの手を重ねるとその手の大きさの差が良くわかった。
自分も少し前までは赤子だったな、と思いだし鼻で笑うように笑った。
人の成長は早い、あれよあれよと言う間に大きくなって大人になったその姿を見せるのだ。

俺は小さな市の手を優しく握り締めながら未来の事を楽しく思った。
今の俺には未来の事を考えるしか楽しみが無ねぇ。はやく皆が成長すればいい。
苛立ちにも似たこの気持ちを抑えてくれ。

俺のこの気持ちを知らずに市は俺の腕の中で楽しそうに笑っていた。
ああ、市は今は笑っていればいい。俺にその可愛らしい笑顔を見せていればいい。


そんな事から二年の月日が流れた。
俺は16から18へと年を変えた。二年の紫月を得ても俺はあまり姿形変わらなかった。
身長は元々大きかったのでこれ以上伸びねぇし。顔つきは少し大人っぽくなったっつうか、そんな感じだがな。
やはり大きくなると自分の成長が感じられねぇな。成長が分かると言えば幼子だろう。

俺は少々乱暴な足取りで庭に出た。

「にいさま」

鼓膜に響く可愛らしい声。この声は紛れも無い可愛い俺の妹、市だった。
その市だが、たった今庭で盛大にこけて地面と盛大にkissしたところだった。
涙目で俺を見ている市、立ち上がれずに未だ地面に倒れたままだ。

現在二歳になった市だがお転婆娘というか、子供だからというか。走っては転んで走っては転んでいる。
おかげで市の綺麗な白い肌は傷だらけだ。
市と俺の両親でもある二人は勿論市の面倒なんて見ているはずも無く、乳母達にまかせっきりだ。俺はあいつ等を両親だと市に思わせたくなかった。
なのであいつ等が来ないことは大賛成だ。ここだけの話だが。
市にはあいつらの代わりに俺が親になってやりたいと思っている。毎日市に構い寂しい思いをさせないようにしているつもりだ。

そんな市は元気明るくに育ってくれた。俺を父親のように慕い、小さい体を俺に寄せてくる。
そんな市だが小さい体で泣かないように一生懸命涙を堪えていた。二歳にしては偉いと思う、これも俺の教育の賜物かとかそんな事考えてみる。

「馬鹿かお前は。あれほど気を付けろと言ったじゃねぇか!」

そう、転ばないように気を付けろと何回も注意したのだがどうしても、走って転んでしまう。これは子供だからなのか?それとも足元をきちんと見ないからだろうか??
俺は市に駆け寄り、体を地面から起こさせると着物についた砂や泥を落とし、怪我をしていないかを調べた。
市は見事に両膝から大量のBloodを出していた。

「ご、ごめんなさい・・・」

そう市が言った瞬間我慢していた涙が頬を伝った。
俺は、「はぁ」と溜息をついて市の涙を拭ってから、市を抱きかかえ井戸まで連れて来た。傷口を洗い流すためだ。
井戸に着き、市の膝から流れている血と、傷口に入り込んだ砂を取り出すために水をかけた。
全てを洗い流すと懐から手ぬぐいを取り出し市の両膝に巻いた。
しゃがんで市の膝を見ている俺の頭の上から市の泣き声が聞こえてくる。
顔を上げると、市は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。手で涙を拭うが次から次へと流れてくる涙を拭いきる事が出来ずに手で必死に涙を拭っていた。
お陰で擦りすぎたためか、泣きすぎか、市の目は真っ赤に腫れていた。

俺は市の両手を自分の手で押さえた。
止まらない涙に顔を濡らしながら市は俺を見ていた。

「泣くな」

そう言えば、市は首を横に振った。

「何故だ?」

すると、市は嗚咽の漏れる声で「にいさまが、いちのことを、きらいになったから」と搾り出すような声で言った。

「何故俺がお前を嫌いだと?」

「いち、またころんだから」

そう言って泣き続ける市を俺は優しく抱きしめた。
そして、市の耳元で「俺は市を嫌いだと言った事があったか?」と聞くと、市はゆっくりと首を横に振った。

「心配するな、俺は一度も市を嫌いだと思ったときはねぇよ」

「ほんとう?」

恐る恐る聞いてくる市に俺は「当たり前だ」と答えてやる。
すると、市はぎゅっと俺を強く抱きしめて俺の胸元の着物に顔を押し付けてきた。
涙やら鼻水が着物につくのが分かったが、不思議とそれが嫌だと思うことは無かった。
市の綺麗な黒髪を撫でてやると市はその手を求めるように頭を動かした。

「もう、部屋に戻ろうな」

そう言うと市は「うん」と安心したような声で答えた。
部屋に戻る頃には市は俺の腕の中で寝息をたてて寝ていた。

「転んだり、泣いたり、寝たり、忙しいな。」

クククッと笑いながら言った言葉に部屋に居た乳母達と濃が笑った。



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