73、大人ではない何か。
(小十郎視点)

雨に濡れた俺を待っていたのは義姉上の喜多だった。
喜多の表情からして良くは無いことは分かっていた。俺はあまり視線を合わせないように城に上がった。

「小十郎、後でお前の部屋に行きます。」

それまでに着替えておきなさい。と付け足して義姉上はすっと後ろを向き長い廊下を歩いていった。
義姉上が俺に部屋に入るということは話しをするのだろう。多分、確実に政宗様のことだろうと思った。
俺は義姉上に言われた通り部屋に戻るとすぐに着替えを済まし義姉上を待った。待っている間は短く時間が過ぎて言ったような気がした。
頭の中には政宗様の事で考えが埋まっている。
情けないと分かっている。男のくせにということぐらい分かっている。
一点を見つめ俺はただ脳内の考えをまとめようとした。

何時しか時間が経ち、義姉上が来ると俺はなんともいえない緊張感に包まれた。
視線だけ俺に向けると義姉上は俺の前に座り、俺を真っ直ぐと見た。そして口を開く。

「小十郎、私の言いたい事は分かっていますね」

義姉上の声は怒っているようにも聞こえた。いや、確実に怒っているのだろう。

「はっ、……政宗様の事でございますね」

震える声で俺は言った。政宗。その言葉は今の俺にはとても重過ぎた。
いつの間にか顔を伏せ畳に視線を動かしていた。

「貴方は何故政宗様が怒っていたのか分かりますよね?」
その義姉上の問いに俺はまた政宗様に言葉を思い出した。

「私が、政宗様を見なかったから、ですか。」

「そうです、小十郎。私は幻滅しました。」

心に刺さる義姉上の言葉。俺はぐっと喉を鳴らした。
外の雨がより一層強くなった気がした。

「小十郎、政宗様に笑顔を与えたのは貴方ではなかったのですか?最後まで真っ直ぐ政宗様を見ていたのは貴方ではなかったのですか?」

「……っ」

「それなのにいきなり貴方は政宗様を見ようとしなかった。政宗様がどれほど心が痛んだか分かりますか?自分が何かしたのか。それとも何かあったのか。
見つからない答えに政宗様はどれほど悩んだか貴方には分かりますか?」

俺は自分の事ばかり考えていた。政宗様の気持ちを分かっているようで分かっていなかったのだ。
確かにもし、いきなり分けも無く政宗様に避けられたらと思うと、と考えると俺は悲しくなった。
自分の態度が政宗様にはきっと苦痛だったに違いないと自惚れでは無く思った。政宗様の痛みが痛いほど今の俺には分かった。
痛い、心が痛い。

「…すみません」

「すみませんでは済まされない事だってあるのですよ小十郎。もし今回の事で政宗様と貴方の間に溝が生まれたらどうするのです?政宗様が貴方を避けたらどうするのです?」

それはすごく嫌だ。嫌過ぎる。政宗様に避けられたら。嫌われたら。それを考えるだけで吐き気がしてきた。それほどまでに俺は政宗様に依存していたのだ。
何も言わない俺に義姉上はため息を一つ吐いて、また話し続けた。

「貴方は政宗様が絡むとどうも政宗様以外に何も考えられなくなってしまいます。まだ子供らしさが抜けていない…」

「……。」

「そこでです小十郎。貴方にしばらく遊郭に通ってもらいます」

「はっ!?」

いきなり出された義姉上の案に俺は思わず変な声が出てしまった。
いやしかし、確かにさっきまで義姉上に子供っぽいと言われた。しかし、だからと言って遊郭に通うのは少し違う気もする。

「これは命令です。分かりましたね?」
そう言って無理やり話をまとめようとする義姉上に「待ってください姉上!」と言って義姉上に少し近づいて「遊郭に通うのは少し違うと思うのですが」と自分の考えを言った。
しかし、自分の考えは義姉上に鼻で笑われることになる。

「小十郎、貴方最後に女を抱いたのはいつですか?」

女の義姉上に言われて少し頬が赤くなった。その事にも喜多に指摘された。簡単に分かるような表情を見せるなと。

「18、です」

「政宗様に仕えた時が最後ですね、それは何故ですか?」

「……政宗様に仕える身として女などに構ってられないと思い…」

と言う俺に義姉上は「それは誰の為にですか?」と言われ、俺は暫し返答に困った。
政宗様の為…だと心の中で言ってきた。しかし、何か違う気がする。俺の為?いや、これは意味が分からない。

返答出来ない俺に義姉上は「それは政宗様の為とは違いますよね。いいですか、女を抱いてはいけぬとは誰も言っていないのです。勝手に作り出し考えたのは貴方。貴方も男子ならば女を抱いてさらに大人になりなさい。政宗様をそれを望んでおられます。」と言い切った。

政宗様も望んでおられる?俺が女を抱くことを?それとも大人になることにだろうか?
しかし、政宗様がそれを望んでおられるというのならば俺はそれに答えるしかなった。今は、それしか出来ないと思った。
しかし何故だろう。心が痛い。何故痛いのかは分からない。しかし、この痛みはさきほど政宗様を傷つけてしまったという自分に対する情けなさからくる痛みではないことは分かっていた。
何故痛いのだろうか……。

その時廊下からばたばたと音がしたと思ったら女中が「小十郎様お話がございます!緊急でございます!」とただ事ではない様子の女中の声が聞こえてきた。
慌てて障子を開けると女中は義姉上にも気が付き、ちょうど良いと言ったように俺達に話しかけた。

「それが、政宗様がお倒れになったそうで」

顔を真っ青にしてそう言った女中。その後に何か言ったようなのだが何も聞こえなかった。
俺は女中の両肩を掴むと「政宗様はどこに居られる!」と叫んでいた。
肩を掴まれ苦痛に顔を歪める女中。後ろから義姉上が「小十郎!冷静になさい!」と言って俺腕を掴んだ。

「輝宗様の部屋に今は居られます。」

その言葉を聴いた瞬間に俺は部屋を飛び出していた。


後ろから義姉上が「だから大人になりなさいって言っているのよ小十郎」と声を低くして言っているとも知らず。


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