70、気持ちなんて気付かないものだ。
ここのところ小十郎はおかしい。とは、前にも言った様な気がする。
何度も言いたくなってしまうほど小十郎はどこかおかしいのだ。
何も無いところを見つめ、いつまでもそのままでいるのだ。私が話かけなかったら陽が昇って沈むまでそのままでいそうな勢いなのだ。
これはおかしい。さすがに鈍感な成実も小十郎の異変に気が付いて私に言ってくるほどだ。

私が何かしたのだろうか?自惚れるわけではないが小十郎がおかしくなる時は大抵私が原因だったりするのだ。いや、ほぼ確実。
だから今回の件も少なくとも私に関わっているはずなのだが私にはそれがさっぱり分からない。
この間怒ったのが悪かったのだろうか?しかしあれはすぐに小十郎が謝りに来て私も許し軽くすんだはずだ……
それともまた別なことで小十郎は考えているのか?そう考えた瞬間私の脳内から嫌な考えが出てきた。

まさか小十郎が誰かに恋をしたのか?

それだったらどこと無く合点が付く。
しかし、小十郎が誰かに恋?

暖かい日差しでか汗がどっと出て何故か寒い。いやこれは前に体験した冷や汗だ。瞬間私はわかった。
小十郎が恋したなんて考えたくなかった。どうせ私の勘違いなのだろう、そう思いたかった。
小十郎が、小十郎が他の誰かのものになるなんて考えたくない。他の知らない女を、私の知っている温もりで大きな手で、私の大好きな匂いで包み込んで抱きしめるなんて考えたくない。

小十郎は私のものだろう?なんて考えた自分に叱咤した。小十郎は物ではない、決して私だけのものになるなんてことは無い。小十郎が私のそばに居るのは私が伊達政宗だから
私が伊達輝宗の子供だから。小十郎が伊達家に仕えているだけだから。小十郎にだって感情はある、人なのだから。誰かを好きになる事だってある。
そう、いずれは小十郎は結婚してしまうのだ。

なんて自分で考えて泣きそうになった。もしそんな事があったら結婚するなと命令してやりたい、誰かを好きになるな私だけを見ていろ。そう言いたかった。
だが、言えるわけが無い。言えるわけが無いんだよ。

私は小十郎が好きだ。だけど小十郎は私の守役しかも私は伊達の将来を担うもの。小十郎にこの気持ちは伝えられないという覚悟はできていた。
だが、折角目の前にいて触れられるのに、前の世界では遠い存在、夢を見るだけだったのに。前と今では何一つ状況は変わっていなかった。

「政宗様?」

なんというタイミングなのだろうか、今一番会いたくなかった人の声が後ろから聞こえた。私は小さなため息を一つ吐きながら後ろを振り返った。

「なんだ小十郎」

かちり。小十郎と視線が合ったその瞬間、ふぃっと小十郎に視線を外された。
私はもう悲しいんだがなんだかもう分からないような感情に襲われた。なんで、なんで視線を外したの?そんなに私の顔が見たくないの?
思えば二日前からだ小十郎がおかしくなったのは。あの時も、井戸で小十郎に会った時も小十郎は視線を外し私の話をそらそうとした。
こっちは、小十郎が居なくて心配していたのに!小十郎が居なくて不安だったのに!小十郎は私のことなんてどうでもいいんだね?私の気も知らないで!

その時私の中でぷつりと何かが切れた。
瞬間、私は小十郎の胸倉を掴んで小十郎を殴っていた。
ごつっという音を出しながら吹っ飛んだ小十郎に馬乗りになって私は再び小十郎の胸倉を掴んだ。
全身の毛が逆立つような気がした。気が付くと全身からパリパリと雷が出ていた。

婆娑羅だ。
しかし今の私にはそんな事同でも良かった。
鼻から血を出している小十郎に自分の顔を近づけさせて睨んだ。

「小十郎!何故俺を見ない!!」

最初小十郎は何故自分が殴られたのか分からない様子だったが私の並々ならぬ様子と今の私の言葉で何かに気が付いたようですっと顔を俯かせた。
そんな小十郎の顔を手で小十郎の顎を掴んで無理やり私の顔を見せるようにした。

「何故俺から視線を外す!!」

ここまで怒ったのは久しぶりか、もしかしたら初めてか。ここのところ年からくる情緒不安定とそこに小十郎のあの態度が重なって私は爆発した。

「それは…」

小十郎はそれだけ言うと私の顔を見つめたまま口を閉じてしまった。
なんだよ!やっぱり私に言えない様な事なのか?

「言え!小十郎。俺に黙るって言うんだからそれなりの理由があるんだろう?なんだ恋でもしたのか?誰かいい女でも居たのか?」

「女」そう言った瞬間微かだが小十郎の目が変わった。
なんだ、図星なのか……?

「そう言う訳ではありません。その、最近色々な事がありまして疲れからというか」

必死に言い訳をする小十郎の言葉に私はもう興味を無くしていた。
私の中では小十郎は誰かに恋をしてしまったんだな。と思っていた。
小十郎の胸倉を掴んでいた手をぱっと離すと私はくるりと後ろを振り返り

「小十郎、しばらくお前とは顔も見たくない」

そう言って私は自分の部屋へと入っていった。

どうしてこうなったんだそんな苛付きと複雑な感情を紛らわすように壁を思いっきり叩いた。
婆娑羅の力を解放したままでの全力のパンチは壁が崩壊するほどだった。



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bkm

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