69、全てを水に流したい。
(小十郎視点:69の前日)

「政宗に縁談だ」

大事な話がある。そう輝宗様に言われ、呼ばれた俺は部屋に入り政宗様と向かい合った、その第一声がそれだった。
そう輝宗様に言われた時は正直頭の中が真っ白になった。

縁談?政宗様に??

輝宗様の前だというのに俺は目を丸くしたまま固まってしまった。
いつの間にか俺は固く拳を握り締めていたのか、輝宗様の視線がふと俺の拳にいった事により俺は覚醒した。
何故だろうか、口の中が乾く。

「輝宗様、それは真でございますか…」

自分が発した声は思ったよりも大きな声で少し驚いた。
輝宗様は俺の質問に首を縦に振って答えた。その瞬間俺は酷く泣きたい気持ちになった。何故だかは分からない。ただ、泣きそうになったのだ。

「相手は田村の娘だ、名前は…愛(めご)と言ったな」

俺の気持ちを知ってか知らずか輝宗様は俺に問いかけるようなことはせず、話す事だけ話すと「それだけだ」と言ってさっさと俺を部屋から出した。
あまりにも急な事で、俺はさっきの時間に聞いた輝宗様の話が夢のような感じでふわふわと意識だけが浮いているような感覚に襲われた。

「政宗様がご結婚なさる…?」

ぽつり、それを呟いてしまえば輝宗様の話を聞いたときよりも、より泣きたく、悲しくなった。悲しい…というよりは絶望感。
理由は分からないといいたいところだが分かってしまう。勝手に頭に浮かんでしまうのだ。

政宗様が自分から離れてしまう絶望感。

政宗様は俺のものでは無い。俺とは比べ物にならないくらい素晴らしく、高貴で、上に立つべきのお方。そんな政宗様に俺は何を考えているのだ。
だが、寂しいのだろう、俺は。政宗様が正室を向かえ、その者と生活をするのが、そこに俺の居場所が無いようで。
知らずそっと俺は手で口元を押さえていた。怖い。政宗様から要らない存在だと思われそうで。邪魔な存在だと思われそうで。
俺はその時心底自分が情けなく哀れな存在だと思った。手が震えた。止めようとしても止まらない体に苛立ち、自室に着くなり俺は木刀を持ち、城を出た。

城を出て城からしばらく離れたところで俺は一本の木に感情全てをぶつける様に技を放った。婆娑羅技を開放しての一撃で木とは言わず其処一帯が消え去った。
体から放たれるバチバチという雷が苛立ちそのものを表しているようだ。はらりと前髪が落ちるのを鬱陶しいとも思わず俺は消え去った其処を見つめていた。

虚しかった。こんな感情は必要ないのに、所詮俺もくだらない人間の一人。政宗様がどうんなに言って下さろうとも俺はあの方のなんでもないのだ。
縁談は伊達にとっていい条件だった。政宗様にとってもいい事のはず。その事を心から喜べない最悪な俺はその場に腰掛け大地に目を伏せていた。

ああ、あの方は俺の手の届かないところに行ってしまわれたようだ。

ぐるぐると回る感情と次から次へと思い浮かぶ政宗様の事と自分への罵倒。
気付けば夕刻、辺りが橙色に染まり遠くの空は黒い空を見せていた。
このまま夜まで一人で居ようと思ったのだが何も言わず飛び出してしまった為そんなことは許されない。
重い腰をあげ、俺はゆっくりと城を目指して歩いた。

城に着き、少し気分を変えようと井戸に向かった。桶に入れた水を覗き込むとそこにはなんとも情けない表情をした自分が映っていた。
笑おうと思っても思うように笑えず変に眉間に皺がよってしまう。こんな顔政宗様には見せられないな、と他人事のように考えた。

「小十郎!」

その時、不意に後ろから自身の名前を呼ばれた。
「なんですか?」振り向かずとも分かるこの声に俺は振り向かずに答えた。「政宗様」と付け足すように言って。

ことん、と足元に空になった桶を置き、懐から手拭いを出した。
ぱたぱたと足音が聞こえたと思ったら政宗様が自分の顔を覗き込んできた。
いきなり現れた政宗様の顔に俺は少々驚いてしまった。出来れば今政宗様と顔を合わせたくは無かった…こんな酷い顔をした自分に。

政宗様は傾けさせていた首を元に戻し、俺の顔をその両方の手で包み込んだ。
冷たい水を浴びたあとに触れたれた体温は温かかった。ふわりとした温もりが俺の両の頬から感じる。
俺の瞳を覗き込みながら政宗様はすっ、っと左目を細めた。

少し他の人とは色素の薄い綺麗な政宗様の瞳に吸い込まれそうだと思った。強く鋭い視線が俺に向けられている。

「小十郎」

呟くように言った政宗様の声に俺は「…はい」と少し遅れながら答えた。

「何か隠し事してるか?」

その一言が俺の心臓に突き刺さったように俺の心臓はずきんと痛んだ。

「いいえ、何も隠してはいませんよ?」
とぼける様に言うも政宗様は鋭い瞳を離そうとしない。
「本当か?」と再び政宗様が俺に問う。
「ええ、本当ですよ。」
それだけ言って俺はすくっと立ち上がった。頬に感じていた政宗様の温もりが消え風が当たり寒いと感じた。
前より背の高くなった政宗様を見ながら俺は「それより政宗様、何か私に用事が合ったのでは?」と聞き返した。

政宗様は少し眉間に皺を寄せながら「…なんでもない」と言って俺の鳩尾を殴った。着々と力をつけている政宗様の攻撃は結構効いた。
声を出すことは無かったが眉間に少し皺を寄せた。

「小十郎の馬鹿!」

政宗様は声を張り上げる様に言って、踵を返しもと来た道を行ってしまわれた。
見えなくなった政宗様の背中を追いかける俺の顔はきっと先ほどよりも酷い顔になっているのだろう。分かっている。
俺は政宗様に何かしてしまったのだろうか??何がいけなかった?ああ、もう分からない。俺は一体どうすればいいんだ。
より近くなった絶望感。離れていくのが目に見えているようで俺は泣きそうになる瞳を伏せ、また桶に水を汲み全身にかけた。

ああ、着替えたら政宗様に謝りに行こう。

そして、明日はきっといつも通りに政宗様に接する事が出来るはず。




prev next

bkm

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -