67、離れていかぬように。
「兄上!」

そう言って私は背中に衝撃を受けた。
驚きつつも後ろを見ると、私の背中には弟の小次郎がしっかりと私に抱きついていた。
驚きに固まっていた表情を緩めると、私は小次郎の頭を撫でた。

今日は私が城に帰ってきてから五日後の事である。
なんでも小次郎は私が帰ってくる事により義姫が私を警戒し、小次郎を外に出さなかったらしい。
小次郎は、すぐにでも私の元へ行きたかったのだが、義姫が怖くて義姫の機嫌が直るのを待っていたそうだ。

小次郎は私に抱きつくと、その可愛らしい顔を涙に濡らした。
前に見たような幼さは大分消え、少し大人びた顔立ちになっていた。
前は白いだけの肌だったのだが、今は少し日に焼け健康的な肌を思わせた。

小次郎は今まで二年間、私がいなくてどれほど寂しかったか、そして二年の間何があったかを、興奮気味に話してくれた。
そんな小次郎に笑みを向けながら私は話を聞いた。
小十郎がお茶と菓子を持ってきてくれたのでそれを摘みながら。

私より背が小さくて、幼さが残る顔で私を見つめる小次郎。
話をする小次郎は生き生きとしていて私はそんな小次郎を見るだけで嬉しくなった。

その時、がらりといって、障子の向こうから喜多と数人の足軽達がが顔を出した。

「政宗様、この者たちも政宗様を一目見たいとのことです」

そう言いながら喜多はがちがちに固まった足軽たちを手で指した。
そう、あの日から私の所には足軽や家臣、女中などの人がよく来るようになった。
成実達のように心を打たれた者、謝罪を述べる者、ただ、一目合いたい者。様々な人が来た。
私は全ての者を呼び、一人一人と話をした。皆、表情が明るくて私はやっと皆と心が通わせる事が出来たと思った。嬉しかった。
私と話する者皆が、明るく、笑顔で、あの、蔑む様な瞳はどこにも無い。嬉しくて嬉しくて胸が張り裂けそうだった。
全ての人に私は感謝の意を表し、これからの意気込みを語る。来る者皆も私に感謝し、主君に尽くす事を語った。

来る者を拒まないので今日のように足軽たちも来る。
小十郎や喜多は足軽をも呼ぶのはどうかと言っていたが、平成を生きていた私、差別などという言葉は私の周りではなくしたかった。
皆、同じ人間だ。そう語ると小十郎と喜多は申し訳なさそうに肩を縮めた。

さて、今日来た足軽たちは一体どういった様で私のところに来たのだろうか?
小次郎を私の横に座らせ私は足軽と向かい合った。
今日の足軽たちは皆口を揃えて「申し訳ありません」と陰ながら私の悪口を言っていた事を謝った。
私の悪口を言った足軽はほとんど皆そうだろう。

「俺達、本当に何も知らないで、あんな事を言っていたなんて、恥ずかしいです!
お願いです、俺らにどんな罰でも言いつけて下さい!!その代わり俺らを政宗様の下で働かせて下さい!!」

深々と、畳に額を擦り付ける様に言う足軽に、私は面を上げよ、と命じた。
びくびくと不安そうな表情を見せる足軽に私は言った。

「お前達の過去に行ってきた事は許す」

そう言うと足軽たちから安堵の息が零れた。すかさず私が「これからは」と話を続けた

「俺だけではなく仲間をも大切に思え。他人を敬うんだ。
決して自分の周りで人を殺させるな、見殺しにするな、仲間を裏切るな。
俺はそれさえ守ってくれればそれでいい。
これから、よろしくな。」

私が言うと

「は、はい」と数秒の間を置いてから足軽たちが驚きと喜びに満ちた表情で答えた。

足軽たちは立ち上がると「ありがとうございました政宗様!小十郎様!喜多様!」と言ってすっきりした笑顔で部屋を出て行った。
そんな足軽たちに私は手を振り「どう致しまして」と答えた。

ふと気が付くと隣に座っている小次郎が私をじっと見ていた。
「なんだ?」そう聞くと小次郎は

「兄上は皆から好かれているのですね」
と、頬を赤らめながら答えた。

「そうか?」
私は小次郎の言った言葉に微笑み言った。

「はい!小次郎はそんな兄上の弟で嬉しいです!!」
満面の笑みで言う小次郎と、“皆から好かれている”と小次郎の言った言葉に嬉しさで心臓を高鳴らせた。

「俺も、お前みたいな弟がいて嬉しく思う」
そう言うと、小次郎は私に抱きついてまた、涙を見せた。

長居の出来ない小次郎は帰ると、部屋には私と小十郎と喜多だけになった。
この三人で部屋にいるのが酷く懐かしく思えた。

「政宗様は、」

ぽつり、小十郎が呟いた
小十郎の方に顔を向けると小十郎は目線を床に落として

「大人になりましたな……」

と、少し寂しそうに言った。
その小十郎の呟きを聞いて、喜多もふと、寂しそうな笑顔を見せた。
二人の寂しそうな顔を見たらなんだか二人が何処かに言ってしまいそうになって、私は慌てて二人の元に駆け寄り二人の手を握った。

目を丸くする二人。二人から見たら私の顔はきっと必死の形相をしていたに違いない。
私はきつく二人の手を握り締めてから、その手を離して両手を広げた。

二人は暫く考えてから「ああ」と悟った様に、さっきとは違う笑顔で私に優しく抱きついた。




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