私は奥州の地を一歩一歩踏みしめながら歩いた。
城に居る父上達に、あと少しで城に帰れるという便りを送ってから数日が過ぎていた。
私は高鳴る心臓を片手で押さえながらもうすぐ目の前に現れるであろう米沢城を心待ちにした。
喜多の顔にも喜びの顔が現れている。私はそんな喜多を見て自分もさらに顔を緩めた。
喜多はずっと私を守ることで気が張っていた。そんな喜多を見るは正直胸が苦しかった。
だからあと少しで喜多の苦しみが開放されるという事が嬉しかった。
この旅で喜多には色々と心配をかけたり、頑張らせたりしてしまった。
だから、少しでも城に早く戻り喜多を休ませたかった。
「あと少しですね」
そう言う喜多に私は笑顔で「そうだな」と答えた。
久しぶりの故郷に戻れた嬉しさもあればその反面不安もあった。
私が離れていた時間はあまりにも長く、ずっと居た地の筈なのに、知らない土地に来ている様だった。
寂しくもあり、悲しくもある。
そんな私の心を読み取ってか、喜多は「大丈夫ですよ政宗様」と言って私を励ました。
その喜多の心遣いが嬉しくて、私は喜多の手を握り締めた。
私の手を優しく握り返してくれた喜多にまた胸が熱くなる。
私は自分の着物に目を落とした。さっき女物の着物から男物の着物に替えたばかり。
着替えが終わってすぐに喜多に言われた。
「いいですか、これからあなた様は男で御座います。女は捨ててください。
女になれたのはひと時の夢・・・。宜しいで御座いますね?」
両肩を抑えられ、喜多の顔を真っ直ぐ見つめて、喜多に見つめられて。
喜多は強い瞳をしていた。これはどうしようにも出来ない事。喜多の瞳がそう語っていた。
「分かっている・・・」
俺は男だ。そう呟いて私は喜多の手を自分の肩から落とした。
「大丈夫だ。」
女になれないのは分かっている。私は一生男として生きていく。そう決めた。
「政宗様!」
不意に喜多が私の名前を呼び、私は回想から現実に戻され足を止めた。
その喜多の声は喜びに満ちた声だった。
喜多の呼び声につられる様に顔を上げると、遠くのほうに米沢城が見えるのが分かった。
心臓が高鳴った。
瞬きをも忘れ、私は懐かしの城に暫し心を奪われた。
ああ、帰ってきたんだ・・・。
そんな、冷静な考えが私の頭の中に浮かんだ。
そして、米沢城を見たとき、目頭が熱くなるような気がした。
まだ泣くのは早い。涙を必死に堪え、私と喜多は止めていた足を再び動かしだした。
遠かった城が段々と近くなり、もう見上げるまでに近くなっていた。
次の瞬間、私は喜多の手を離して走り出していた。
ある一点を目指して、歩きつかれて足が痛いなんて今はどうだっていい、兎に角一秒でも、少しでも早くその所に行きたかった。
そして、私は自ら走り、求めていた場所へと全身を預けた。
体全体を包み込む大きな両腕、逞しい体、懐かしい匂い。
私の欲しかった物が全てここにあった。
「っ小十郎!」
私は懐かしく、大好きな人の名前を呼んだ。
この旅の途中忘れた事は無かった。大好きな大好きな小十郎の名前を。
「政宗様・・・」
懐かしい低い声が私の鼓膜を震わせた。
そして小十郎の触れている部分が電流を流しているかのような体全体が痺れる様な感覚。
私は小十郎の全てを手に入れるように小十郎にしがみ付いた。
いつの間にか流れていた、止まる事の無い涙は小十郎の着物へと吸い込まれていき、小十郎の着物に大きな染みを作った。
そして何かを恐れるようにゆっくりと離れる小十郎。その顔は苦しげで、嬉しそうだった。
顔を上げることにより、私達の周りには人が沢山居るという事が分かった。
その中に父上や、昔会った事のある家臣、見たことの無い顔様々だ。
その中心に居るのが私と小十郎ということでなんだか恥ずかしいような、照れくさいような、そんな感情に襲われ、私は顔を俯かせたが両頬に挟まれた小十郎の両手によってそれは阻止された。
「もっと政宗様の顔を私に見せてください」
そう言われてはもう下を向けなかった。
未だに止まらない涙に瞳を濡らしながら私は真っ直ぐと小十郎を見た。
「・・本当に、大きくなられて・・・・・。」
そう言った小十郎の目は真っ赤になっていて、私はそんな小十郎の顔を見るだけでも涙がまた溢れてきて。
「こじゅう、ろう・・」
最後に会った時よりも大きくなった身長。その事により小十郎との顔の距離が一気に縮まった。
近くなった小十郎の顔をよく見つめる。
小十郎は顔や体付きがさらに大人っぽくなった。
小十郎の成長が私にもわかって、少し寂しいようなそんな気持ちに襲われたけど、今ここに小十郎が居て、私を見ていという現実を考えると
そんな考え一瞬で何処かへ行ってしまった。
「会いたかった・・・」
「ええ、私もです」
ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。
そして私は私と視線を同じにしている小十郎の耳元で言った。
“ただいま”
すると、小十郎も、私の耳にその唇を寄せながら“お帰りなさい”そう囁いた。