64、格好悪い二人。
月日は流れ、半年と少し経った頃だった。
季節は巡り夏が過ぎ冬が訪れもうすぐ春を迎える頃。
雪は溶け、溶けた雪の間から春の訪れを感じさせる植物達が一斉に顔を出した。皆全てが春を待ちわびたように我先にへと太陽を求めるように。

きっと四国はもう春になっているだろう。だが、奥州はまだ雪があちらこちらに残って冬を思わせている。
それでも春にさせように必死で雪を溶かそうと太陽が頑張っている。その太陽につられる様に、日々毎日少しずつ雪が溶けてきている。
小十郎はそんな風景を一人寂しく見ていた。

政宗様が居なくなって約二年になろうとしている。
その二年間自分は城の中で輝宗様の期待を裏切らないよう頑張って毎日を過ごしてきた。
だが、そんな毎日に満足した日は一度も無かった。心にぽっかり穴が開いたような空虚感。
理由は分かっていた。政宗様が居ないからだ。政宗様が居ないだけで自分の毎日はこんなにつまらない物になってしまった。
何をしても楽しさを感じられない。時間の隙間を作らないように体がくたくたになるまで働いた。
それでもやはり、時間というものは隙間が出来てしまい、その少しの時間にでも政宗様の事を考えてしまう。

そんな自分がたまらなく嫌になる。

そして今日も開いてしまった時間に庭を一人見つめ春の訪れを感じていた。
庭の梅の固い蕾も段々と開き始めてきた。もうすぐ梅が咲きこの庭一帯に梅の甘い匂いが香るだろう。
毎年政宗様と見てきた梅だが、今年も来年と同じように一人で見るのか。
そう考えるとなんだかさらに気持ちが沈んだ。
春だの夏だの、自分に季節は関係ないような気がした。政宗様が居なければ自分は今どの季節で何をしてるのか分からないような気がする。

ああ、考えれば考えるほど政宗様の事しか出てこない。
細めに開かれ庭を見ていた瞳をそっと閉じた。
すると静かな周りがさらに静かになった様な気がした。

視覚が遮断された中で俺は政宗様が居なくなってからの事を思い出していた。
自分はこの約二年。何も変わっていないと思う。体つきや身長は変わったがそう言う事ではない。中身が変わっていないということだ。
政宗様は今回の事は自分でお決めになられた、きっと政宗様は今まで以上に成長なされているに違いない。
だが、自分はどうだ?

変わっていない。

政宗様が成長なされて、自分だけ前の空間に取り残されたような、政宗様が遠い存在になっていく様な気がした。
俺はいつまで変われずにいるのだろうか。俺はこんなにも弱い人間だったのか?
周りから指差され何を言われても挫けなかったつもりだ、泣かなかった、恨みもしなかった。
だが、政宗様が俺の前に現れてから全てが覆されたような、そんな感じだ。
こんな自分が情けなくて、情けなくて・・・・。

大分前からとれない眉間の皺がさらに深く刻まれた。

「小十郎」

不意に後ろから声がかけられた。慌てて目を開き、俯きかけていた頭を起こす。
見ればそこには輝宗様がいるではないか。
呆けた様な、間抜面を元に戻し慌てて体を正した。

「そんな堅苦しくなるな小十郎」

そう言って輝宗様は俺の隣に座った。
主でもある輝宗様とこうして隣に座るなど普通ならありえない所の話ではない、切腹ものだ。
俺は顔が青くなりながらも体を動かせずに居た。

輝宗様は隣に座り、何をするわけでもなく俺と同じように庭を見つめた。
俺も恐れ多いながらに同じ庭を見つめた。
暫し無言、無音の状態が続いてから輝宗様は口を開かれた。

「政宗」

立った一言“政宗”と言った。いや、言うというよりは呟きに近いその言葉に俺は敏感に体に反応がした。
輝宗様は両手で顔を覆うようにして空を見上げた。
そしてまた一言、同じように政宗と呟いた。

俺は何も言えずに輝宗様を見ていた。
親でもある輝宗様の心は俺が言うのもなんだが、痛いほどに分かる・・・。
親ではない俺がこんな思いをしているのだから輝宗様はきっと俺以上に苦しまれているに違いない。
そんな輝宗様を見て俺はさらに心を痛ませた。

すっと、両手を顔から外した輝宗様の瞳は気のせいか赤くなっていたような気がした。

「小十郎」

不意に名前を呼ばれ驚きながらも「はっ、何でしょう?」と答えた。
輝宗様は「あ゛〜〜」と唸ってから「俺、すげぇ格好悪いな」
と、苦しみに歪める顔をこちらに見せ、言った。

「政宗を四国に行くように言ったのは俺なのに・・・・。俺は毎日政宗の事が頭から離れなくて、気を抜くとすぐにこれだ」
と言って、自分の瞳を指差した。

「政宗は自分から行くことを決めた。政宗ばかりが強くなっていく様な気がして。自分が情けなく見えてくる・・・。」

俺は目を丸くした。輝宗様の考えている事と自分が考えている事が同じだったからだ。
輝宗様も俺と同じように悩み日々を過ごしておられるとの事。
俺は輝宗様の言葉をまるでもう一人の自分が話しているのを聞いているかのような錯覚に襲われながら聞いていた。
全てが同感できた。

俺のところに来たのは誰にも言えないこの悩みを誰かに聞いて欲しかったのだろう。
全てを話し終わった輝宗様はどこか安心した様な表情になった。

「悪ぃな小十郎。一人でべらべらと、」

謝る輝宗様に恐縮しながら俺は「いいえとんでも御座いません」と言って頭を下げようとする輝宗様を止めた。

「私も輝宗様の話に自分を重ねていました」

「それはどういう意味合いで、だ?」

「そのままで御座います。輝宗様の今話された事は恐縮ながら私も同感してしまいました。
輝宗様が日々政宗様を想われている事は恐れながらこの小十郎も同じ事を考えておりました」

と、話す俺を輝宗様は真剣に聞いてくださった。
今だけは上下の関係が無いような、そんな雰囲気を醸し出しながら。

「私も、日々毎日政宗様の事が頭から離れません・・・。なので輝宗様のことは心が痛くなるほどよく分かります。
そんな事想うのは図々しいと言うのは分かっておりますが、私も政宗様が心配でなりません。苦しいまでに・・・・。」

そう言うと輝宗様は寂しそうに微笑んだ。

「格好悪いな俺等」

「そうで御座いますね」


そんな二人に嬉しい報告が来るのは数時間後。



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