62、鬼の優しさ。
夜、私と弥三郎はごろごろとしながら時間を過ごしていた。
時折弥三郎が小十郎について言ってくるので私はその度に心臓が縮む思いだ。
その時の弥三郎の顔といったら何とも楽しそうで楽しそうで・・・・。
姐御・・・いや、兄貴肌??なのかな??そういえばバサラでも兄貴って言われてたし・・・・。

弥三郎はあのバサラの兄貴のそうになるのだろうか??
もしかしたらこのまま女とのような姿のままかもしれない。
私は出来るだけバサラのような元親に育って欲しいと思っているけど、弥三郎が自分で決める事だし、私はどちらでもいいと思う。

私は壁に寄りかかってお手玉をしている弥三郎を見ながら小十郎のことを思い出していた。
この旅の途中小十郎を毎日想っていた。もうすぐ・・・と言っても大分先だが小十郎に会える。
そう考える事が、小十郎を想う事が私の今の楽しみ。

「政宗、また片倉さんの事考えてたでしょ!」

ぱしり。お手玉を取りながら弥三郎は言った。

さっきから弥三郎は私が小十郎を考えているとまるで心の中が読めるかのように言ってくる。

「うっ・・・。」

私は言葉に詰まり、そして溜息をはぁと吐いて「考えてたよ」と諦めたように言った。
弥三郎は「やっぱり!」と言ってお手玉を再開し始めた。

「何で分かるんだ?」

私が聞くと、「だって顔つきが違うもの!」と弥三郎は当然!とでも言うように言った。
顔つきだ違う??そんなに違うものなのか??

「そんなに分かるのか?」

「ええ、分かるわ」

そう言う弥三郎。
弥三郎がそう言うのだからそんなに顔に出ているという事なのだが・・・。
今の今まで私は一回もそんな事を言われた事が無かったので、私は自分でどんな顔をしているのか分からない。

「どんな顔をしているんだ?」

間抜な顔をしていたら恥ずかしい。
弥三郎はまるで分からないの?とでも言いたそうな顔をしながら言った。

「とても優しい顔よ」

そう言われた瞬間なんだか心が温まる様な気がした。

「そうか・・・。」

それだけ言うと私は弥三郎の側に置いてあるお手玉をとり、自分もお手玉を一つ二つと上に投げた。

その時喜多が襖の前から声をかけた。
弥三郎の声により襖を開け部屋に入ってくる喜多。

「梵天丸様、弥三郎様そろそろ湯浴びをなさってはどうです?」

「ああ、そうだな。弥三郎先に入るか?」

「私政宗と一緒に入りたい!!」

そう言った弥三郎に私達は固まった。
私は女。弥三郎は男。だから、一緒に入る事は・・・・。
そんな私達の気持ちを知らず弥三郎は楽しそうに笑顔を見せた。

「それは・・・。」

「いいじゃない政宗!ね?」

手と手を合わせてにこりと微笑む弥三郎に私はなんて言えばいいのか分からなかった。
下手な事を言ったら弥三郎が悲しむし、何よりこの嬉しそうな表情を崩したくなかった。

私は必死に考えた。隣で喜多が「弥三郎様それは・・・」と言ってなんとか考えをし直す様に言っているのが聞こえる。
その度に弥三郎は表情を暗くしていく。

「喜多」

そう言うと喜多はその口を黙らせた。

「あのな弥三郎、俺はお前とは一緒に入れないんだ」

「それはどうして?」

寂しそうな弥三郎の顔が私に向けられる。
私は喜多をちらりと見た。喜多は何かを感じ取ったのか顔を強張らせ首を横に振った。
流石喜多だ、そんな喜多に私も首を横に振る。

「政宗様!!」

「いいんだ、喜多。」

「しかし、しかしそれでは!!」

喜多の言いたい事はよく分かる。だって言ってしまったら未来の戦国武将に弱みを握られる様なものだから。

「大丈夫、俺は弥三郎を信じている。」

そう言って弥三郎を見ると弥三郎は目を丸くして驚いたような顔を見せた。
その顔はどこか嬉しげで頬が赤く染まった。

「しかし、しかし政宗様!駄目です、喜多は許しません!!」

「俺が大丈夫だと言っているだろう。」

そう言ってぎろりと喜多を睨む。
分かってる、喜多の言い分が正しい事ぐらい分かっている。
だけど、弥三郎に本当のことを言いたいと言うほうが勝っている。
今弥三郎を悲しませたくない、と言うよりは私はこの事を誰かに言って相談したかった。
喜多や父上以外で、年の近い人の意見を聞きたかった。
黙っている喜多を横目に私は弥三郎を見た。
弥三郎は、何か重大な事を言われるのだと言うのを雰囲気で感じ取っていたのか表情が固い。

「弥三郎、これからお前に言う事は誰にも言わないと約束できるか?」

「え・・・うん」

こくんと首を縦に振る弥三郎。

「この事を誰かに言ったら俺はお前を殺さなくてはならない。それでもいいか?」

「大丈夫よ、だって政宗との約束は守るもの」

しっかりとした目で言った弥三郎に私は安心した。

「実はな、俺は、女なんだ」

「っ!?」

弥三郎は先ほどよりも倍近く目を大きく開いた。
喜多は床を見つめ、ぐっと拳を握り締めていた。

「お、んな?」

「そうだ、俺は女なんだ。」

そう言って私は弥三郎を見た。弥三郎は驚きを隠せず、私を見ていた。
だが、すぐに元の表情に戻り一呼吸置いてから、にこりと微笑んだ。

「私は政宗が女だって気にしないし、どうとも思わないわ。
政宗が誰にも話すなというなら誰にも話さない、約束だもの。」

綺麗な笑みを浮かべている弥三郎に私は嘘がないと信じた。
くるり、喜多の方を向き私もにこり、と微笑んだそして「ごめんな」と小さく呟いた。

喜多は首を横に振って「いいえ、謝らなくていいです。政宗様は自分を信じなさったのですから。
その代わり、本当にこの事をあまり流出されないように。」

「分かった、・・・ありがとう喜多。」

喜多はふわりと笑った。その笑みに私もつられ笑った。

「それじゃあ一緒に入るのは無理ね。」

残念と肩を落とす弥三郎の顔は暗くは無かった。

「ああ、すまない」と言うと弥三郎はふふふっと口元を手で押さえながら笑った。
「どうしたんだ?」そう聞けば弥三郎は「うん」と言って私を見た。

「男の私が女の格好をして、女の政宗が男の格好をしているのって、なんだか可笑しいなって思って」

ああ、そういう事か。
私も「そうだな」と言ってこの可笑しな光景を見た。







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