58、小さく、大きな願いと共に。
喜多と数人の忍びと共に私は米沢城の門の前に立っていた。目の前には小十郎と父上が居る。
他に人は居ない。居ないほうがいい。

「政宗、気を付けてな。喜多の言う事を聞くんだぜ?」

「はい、父上」

そう言うと父上は目を細め私の頭を撫でた。

「輝宗様喜多にお任せください。」

「ああ、よろしく頼む」

父上は私と喜多をしっかりと見てそう言った。

「政宗様」

小十郎の声が聞こえ私は小十郎を見た。
小十郎は頑張って作った作り笑いを浮かべ「お気を付けて」と一言言うと小十郎も私の頭を撫でた。

小十郎が私の側に来て数年。一日でも小十郎と離れたときは無かった。
それが、小十郎と離れ暫く会えないというのだ。身が引き裂かれる思いである。

「お前も、俺が居ない間に傷が増えてたら怒るからな」

そうふざける様に笑いながら言うと小十郎は軽く微笑んだ。

「ええ、私は政宗様の右目ですからね」

「そうだ」

と、私が満足気に頷くと隣で喜多が「政宗様、そろそろ」と言ってきたので私は名残惜しいが小十郎から一歩ずつゆっくりと離れた。
最後の最後まで小十郎と視線を合わせて。

「それでは行って来ます」

そう言って私達は歩き出した。
背中に小十郎の視線を感じながら。
小十郎、いつ戻ってこれるか分からないけど、私強くなってくるから。
強くなって小十郎の前に姿を現すから、だから、小十郎は元気な姿で私の前に姿を現して。

泣くまいと思っていたが左目から次から次へと流れてくる涙を堪える事も出来ず私は涙を流した。
隣の喜多はそんな私に気が付いていたけど気づかないフリをしてくれていた。その優しさが嬉しい。
嗚咽を漏らしながら私は喜多の差し出された手を握り締めた。

「っこじゅう、ろう・・・」そう自分が無意識に呟いた言葉に自分で心臓が痛くなった。
涙を拭こうとするが涙は止まらない。ごしごしと薄い皮膚が擦れて赤くなって痛くなった。
こんなに泣くなんて思ってもいなかった。泣かないつもりだった。
確かに私は今10歳の子供だ、だが、精神年齢的に私は27歳になっている。
大人にもなってこんな事で涙を流すなんて・・・。
涙を流してもこの涙を拭ってくれる小十郎は居ない。ただ、隣に小十郎が居ないだけでこんなに悲しいなんて。
思ってもいなかった。



私の涙も枯れ、少し歩いたところで私達はとある一つの小屋へ入っていった。
暫く経ってその小屋から出ると、私の格好は男物ではなく女物の着物になっていた。

初めて着る女物の着物。喜多は良くお似合いですよ、と、言ってくれた。
これが私の最初で最後になるはずの女の格好。小十郎には見せられなかった本当の姿。
私は微笑して「ありがとう」と喜多に言った。

髪もきちんと結ってもらった。
ただ、私は右目が無いので髪で隠すようにした。
忍び達も勿論普通の着物を着て一般人と見分けがつかない様にしている。
少し無口で無表情な彼等も私の姿を見て「綺麗」だと言ってくれた。
嬉しいけど、本当に言ってもらいたいのは違う人なんだよ。

出来る事なら小十郎に言ってもらいたかった。
小十郎にこの姿を見せて褒めてもらいたかった。
だけど、見せる事は出来ない。分かってる。

誰かが何か言うたびに私は小十郎を考えてしまう。
誰かが私に何かするたびに小十郎と重ねてしまう。
自分から決めた事なのに。頭の中は小十郎のことで一杯で。一杯で・・・。


私は青空を見上げた。
この世界に来て、何度青空を見上げたのだろう。
眩しいくらいの青空なのに何故だが私の心を映している様にどこか暗かった。


「小十郎」


そう呟いた言葉に返事する者は居なかった。




―――――――


政宗様の姿が見えなくなってからも俺は暫くその場から動けなかった。
きっとそれは輝宗様も一緒なのだろう。輝宗様も暫く動けず、その場に固まるようにして立っていた。

だが、流石輝宗様はゆっくりと体を動かし城の中へと姿を消した。その後姿はとても見ていて自分も苦しかった。
俺は駄目だった。全然動けなかった。動かそうにも体が言う事を聞かなかった。

最後まで見たあの後姿はあまりにも小さすぎていた。
さっきまでの政宗様の後姿を思い出すだけで胸が痛い。
あのような小さな体で四国などへと行かせたくは無かった。だが、これは政宗様がお決めなさった事。
俺がどうこう言える立場じゃない。

出来るとことなら何度政宗様を追いかけ引き戻そうとした事か。
ぐっと、拳をきつく握り締め俺は先ほどまで政宗様が居た場所を眺めていた。


どうか、会う日までは元気な姿でまた小十郎の前へ顔を見せてください。
声に出さずに心の中で政宗様に話しかけた。勿論心の中なので分かる筈は無いが。これはただの気休めなのだ。
視界が少しぼやけた気がした。


「政宗様」


その呟きは誰にも聞かれること無く静かに消えていった。









((どうかお元気で))

その願いだけは一緒で・・・・。



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