57、否定する事は許さない。
私は、その日のうちに父上と喜多と共に小十郎の部屋へと向かった。小十郎は本を読んでいたところで私の姿を見ると優しく微笑んだ。
その小十郎の笑顔が今はものすごく痛い。
心臓がずきりと痛むような、そんな痛みを感じながら私達は小十郎の前に座った。
小十郎は私達の様子で何かを覚り、顔を引き締めた。
しん、となった部屋で父上が口を開いた。

「小十郎、梵天丸を喜多と一緒に四国に連れてやろうと思う。お前は抜きで、だ。」

そう言うと小十郎は一瞬父上が何をいったのか分からないといった表情をしたが
すぐに分かると、顔を強張らせ父上を見つめた。父上はそんな小十郎の視線を無視するかのように顔を逸らした。

「輝、宗様・・・やっぱり私では梵天丸様を守ることが出来ないと言うことですか?力不足なのですか??」

「いや、そういう事じゃない」

「それでは、っ何故?」

小十郎は眉間をハの字にしながら言った。
目にぐっと力が入ったのが分かる。

「梵天丸にも言ったが・・」
と言って父上は私に話したように私達の絆の深さを恐れていることを話した。
話をしているうちに小十郎の表情は段々と暗く寂しいものへと変わっていった。
そして、話し終えることには小十郎は項垂れ唇を噛んだ。

そんな小十郎を見ているのは凄く心が苦しかった。

小十郎は「分かりました」とだけ言うと、顔を父上から私の方へと変えた。
寂しそうな小十郎の瞳と私の瞳がかちりと合った。本当は小十郎にそんな顔してもらいたくない。
笑顔でいて欲しい。だけど、それだけじゃあどうしようもできない時がある。
私は複雑な感情のまま目を閉じた。頭の中を整理するために。

父上と喜多は気を利かせてか部屋を出て行った。
二人がいなくなってから私は真っ先に小十郎に抱きついた。そして涙をぽたりと零した。
小十郎が背中に腕を回して力強く抱きしめ返してくれた。

「小十郎」

「はい、梵天丸様」

「本当は行きたくない、けど、そうしないと俺達駄目になるからっ。」

「はい」と言った小十郎の声も震えていた。

「もっと、強くならなきゃいけないんだ。俺、強くなってまた小十郎の前に姿を現すから。」

だから。と私は続けた。

「今だけは弱くてもいいよな。」

そう言うと小十郎は小さな声で「はい」と言った。
私の目から溢れる涙は小十郎の着物が吸い取って大きな染みを作っていく。
止まらない涙を流し続け、嗚咽に息が苦しくなって。
こんな風に小十郎の胸の中で泣くのはこれで最後にしよう。
と、どこか冷静な自分が言った。

「梵天丸様」と小十郎が言った。

「小十郎も梵天丸様が居ない間に強くなります。梵天丸様に負けぬよう。」




――――――


月日が流れ、私は元服し、名を『梵天丸』という幼名から『伊達藤次郎政宗』と名を変えた。

大人の仲間になった私は少し大人びた着物を着て大人達に囲まれた。もう甘えてばかりではいけない。
元服の式も終了してもまだ自分の名前が政宗になったのだと言う実感が湧かなかった。
だが実際に私の名前は政宗となりこれからさらに政宗の道を進んでいくのだなと、一人、庭先を見ながら私は思った。

思い返せば10年前、まだ私が前の世界に居た頃だ。あの時は考えが全て簡単で、単純で、馬鹿だった。
政宗の事を分かったフリをしていた。今だって私は政宗の事を知らないというのに。

政宗という名前は私には重過ぎる。私が第三者であったら政宗になれて良かったね。と声をかけるところだが
実際自分が政宗になるとこうも、名前が重いものかと思ってくる。

はたして私は政宗になれるのか。名前だけじゃなく、これからの生活、人生、生き方においてで、だ。

「伊達政宗」

私は小さく名前を呟いた。
自分の名前を。

しかし、やっぱりどこか他人事のような気がしてならないのだ。
まぁ、まだ一日目だ。その内嫌にでもこの名前が普通になってくるだろう。

「政宗様」

そう名前を呼ばれて私はどきりとした。
後ろを振り返らなくても分かる。私は「何だ小十郎。」と小十郎の顔を見ずに言った。

驚いたのは小十郎が言った「政宗」は、私が良く知っている戦国BASARAの小十郎そのものだったから。
そりゃそうだ。だってここは戦国BASARAの世界だから。改めてそう考えると、私だけが酷く場違いのような気がしてならない。
本来ならばここには『あの』政宗が居る筈だったのだから。

小十郎は私の隣に来ると正座をして私を見た。
小十郎はやっぱり何処か寂しそうな顔をしていた。

「政宗様。改めまして元服おめでとうございます」

そう言って頭を下げた小十郎。私は横目で小十郎を見て「ああ」と言った。
名前の違和感。

「政宗様ならば“政宗”と言う名前に合う御方になられるでしょう。9代当主政宗様の様に。
そして、いつの日か天下をその手に出来る事と思います。
この小十郎、少しながら政宗様の天下取りの手伝いが出来たらと思う所存です。どうぞ、これからも宜しくお願い致します。」

「宜しくな」

私はまたもや軽く返した。
そう、この名前は9代当主伊達政宗様から命名された名前。
この名前に恥じないように、名前負けしないように。生きていかなければならない。
それは、プレッシャーでもあった。
私にこの名前を継ぐ権利はあるのか?いいや、弱気になってはいけない。いいか、私は伊達政宗だ。誰がなんと言おうと伊達政宗なんだ。
私がこんなのでは着いて来る者も着いて来ない。
私は小十郎に振り返り笑顔で小十郎に聞いた。


「俺は伊達政宗だよな?」

すると、小十郎もつられた様に笑いながら言った。

「ええ、誰がなんと言おうと貴方様は伊達政宗様です」

その返事を聞くと私は満足そうに咽で笑った。


さぁ、後は四国へ向かうだけだ・・・。




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