54、気休めの言葉だと知っていても。
カン、カンと木刀の打ち合う音が米沢城の庭から聞こえる。その音と共に子供の息の切れる音も共に聞こえた。
その音の持ち主は庭で小十郎と稽古をしている梵天丸のものだった。
小十郎を相手に木刀を休むまもなく打ち込んでいる姿はとても幼い子供の姿とは言えなくなっていた。
梵天丸は成長した。精神的にも肉体的にも。身長はぐんと伸びいつの間にか手の届かぬところにまで手が届くようになっていた。
世界が広がったような気がした。小十郎も喜多も梵天丸の成長を心より喜んだ。
梵天丸様は手足が長くて、きっともっと、もっと大きくなりますよ。そう喜多が言っていた。

私は成長は嬉しかった。成長するということは力も尽くし、何でも一人で出来る。
だけど、色々と心配することや、嫌な事もあった。
私は、精神的なことから少し成長が遅れていた。だが、その精神的なことから救われたせいか一気に大きくなった身長ではもう小十郎に人前で抱きつけないし、抱えてもらうことも出来ないということだ。
今まで小十郎に普通にしてきたことが出来なくなるなんて、悲しかった。
それに、大きくなるということは女と言う事がばれるかもしれないという事。
大きくなれば成長するし、だんだんと月の煩わしいものもなってくる。
喜多のことだから小十郎にばれないようにやってくれると思うが・・・・。と、不安と心配事が沢山なのだ。

「梵天丸様、考え事をしておりますと敵にやられてしまいますよ」

そう言って小十郎が私の木刀を弾いた。カンッと気持ち良い音を立てながら木刀は私の手を離れ私からだいぶ離れたところに落ちた。
私は肩で息をしながらその木刀を見た。額からは汗が流れ鬱陶しかった。
小十郎を見れば汗一つかかずに余裕の表情で私を見ていた。なんて憎らしい。

「そろそろ休憩にしましょうか」

そう言って小十郎は私に手ぬぐいを差し出して言った。

「そうだな」

そう言って私は小十郎から差し出された手ぬぐいで自分の汗を拭い取った。
風が吹くたびに汗をかいたところからひやりとして気持ちが良かった。

庭にあった岩の上に座ると喜多が部屋からお茶とお菓子を持ってきてくれた。
それらを食べながら私は自分の手を見た。
10になってから毎日剣術体術を頑張ってきた私の手は肉刺が出来て潰れての繰り返しで硬い皮膚になった。
それに傷も耐えなく手はボロボロだ。喜多はそれを心配しているが私はいっそこのボロボロの手のままの方が気分が良かった。
手の皮が厚く、硬くなるたびにそれだけ私が頑張ってきたということだ。この手、傷はその努力の証なのだ。

ぽんっと頭の上に小十郎の手が乗せられた。何だろうと小十郎を見れば小十郎は私を見て微笑みながら言った。
「ほんに、梵天丸様は強くなられた」
そう嬉しそうに。

「お世辞はよせ、俺はまだまだだって言う事ぐらい自分で分かっている。」

「そんなことありません。本当に御強くなられた。」

そう、小十郎は言う物だからなんだか体がむずむずとする。これは、喜んでいいものか?

「休憩が終わりましたら次は喜多が梵天丸様に勉学を教えになる番です!」

そう言った喜多は張り切っていた。最近私は南蛮語を習いたいと喜多に言ったところ新しい事に積極的になることはとても良い事です。
という事だそうで最近は算数と読み書きと次に南蛮語をやっている。ただ、南蛮語に関しては喜多はさっぱりらしく、私一人独学でやっているという感じだ。
簡単な英語なら使える。「Thank you」とか「sorry」とか。
前の世界で使っていたからむしろこっちのほうが使いやすい。前は出来るだけ英語を話さないように言葉にも気を使っていたから
今度から気を使わずに話せるとなって久しぶりの英語交じりの言葉を話すことが出来てワクワクしている。

「OK。分かった」

なんでもない英語を使っても喜多は「梵天丸様さっそく南蛮語をお使いになられて」と感動している。
やっぱり、こっちの世界の人たちは南蛮語が苦手みたいだ。なんど頑張っても「OK」が「おーけー」になってしまう。
小十郎がひらがなでそう言っているのを聞いた時は可笑しくて思わず笑ってしまった。
その日のことを思い出して私はまた微笑した。

部屋に向かって歩いていると風が吹いて緑の葉をざわざわと揺らした。緑の葉の色がもうすぐ夏だと言うことを私に知らせた。夏が来たら秋が来てまた冬が来る。
終わることの無い無限ループの中を歩いてその中に楽しみを見出している人間はすごいと思う。
四季を楽しみ四季ごとの行事を作り、ああ。すごいな。繰り返される四季を嫌がるどころか自分達から受け入れている。
私も受け入れよう。

喜多は勉学になると厳しい。何度も同じ間違いを繰り返す私に黒い笑みを浮かべている喜多の後ろに鬼を見たほどだ。
元々勉強が嫌いな私には辛い時間だ。涙を流すことは出来ないので、嫌々ながらやっている算数は、やっと最近分かってきたところだ。
こんなもの分かるわけが無いと諦めかけていたので一つ解けるとすごく嬉しいし楽しい。
それに喜多も大げさに褒めてくれるから恥ずかながらも喜多のその反応は嬉しかった。
そして今日も、一つ一つ解いていって喜多に怒られ褒められの繰り返し。正座はきついけど頑張った。

辛い辛い勉学の時間も過ぎ去る頃には陽はもう傾き空はオレンジ色に包まれた。
喜多が「綺麗ですね」と言った事に対して私は「うん」という何とも簡単な答えを返した。
そんな喜多は用事があるといってすぐに出て行ってしまった。
一人部屋に残された私は夕日を見つめていた。

夕日を見るとなんだか、寂しいような切ないような、そんな気持ちになる。大切な者がどこか遠い所へ行ってしまう。そんな不安。
私はその不安に近い気持ちをどうにかするために小十郎のところへ向かった。

「小十郎いるか?」と言うとすぐに「はい、居ますよ」という聞きなれた小十郎の声が聞こえた。
小十郎が居たことの安心で私はいそいそと小十郎の部屋に入り小十郎のもとへ駆け足で近寄った。
小十郎のところへ行くと私は何も言わずに小十郎の正座している膝の上に頭を乗せて小十郎の腰に抱きついた。

「どうなされたのですか梵天丸様」

「・・・・。」

無言の私に小十郎は微笑みながら私の頭を撫でた。
髪を掬う様に撫でる小十郎の大きな手が心地よくてさっきまでの不安な気持ちが消えていくのが分かった。
それでも、なんだか胸の奥にしこりの様な物が残っていて、それがなんだか分からなくて、私はより一層力を強くして小十郎に抱きついた。必然的に小十郎の香りが一杯に広がる。
落ち着く小十郎の匂いは大好きな匂いでもあって私はその匂いを求めるように小十郎に顔を埋めた。
それを察したのか小十郎が私の頭と肩に腕を回してぎゅっと抱きしめてくれた。

「小十郎」

「何ですか梵天丸様」

「お前はどこにも行かないよな?」

「当たり前ですよ。小十郎は梵天丸様のお側を離れないと心に決めましたから」

「俺を置いて死なないよな」

「・・・・はい」

「絶対だぞ」

「はい」

「絶対だからな」

「はい」






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