52、唯一の存在よ。
小十郎が部屋に入ってくるなり厳しい顔で言った。「庭に小次郎様が来ております」と。

そう小十郎が言った瞬間喜多もぴくりと反応した。
私はというと、小十郎がなんていったのか分からなかったが、何度も頭の中で繰り返しその名を唱えると
あ、小次郎、私の弟か。とやっとの思いで到達した。

小次郎。私のここでの血の繋がった弟。私の代わりに義姫の愛を受けた弟。
その弟小次郎は一体何のために此処に来たと言うのだ。

私は正直今の今まで小次郎には会わないものだと思っていた。
しかし小次郎はこうして来た。もしかしたら私がどんな姿をしているのか面白がってきたのかもしれない。
そでも私は何故かどこか嬉しかった。

私の唯一の弟よ、私の姿を見てどうとでも思えばいい。化け物だと言えばいい。恐ろしくなって泣き叫べばいい。
だけど、その姿を見せておくれ。
そう考える私は可笑しいか?

「分かった。」

私は短く小十郎にそう言うと二人に言った。
「小次郎を見に行く」

二人は驚いた。そして難しい顔をした。
二人は小次郎の事を嫌いなのかもしれない。其れはそうだろう。
私と敵対する小次郎。二人は私の方だ。当の本人の小次郎を好きになれるわけが無い。

「俺はな、この世界に生まれた唯一の兄弟の姿が見たいんだ。この気持ち分かってくれるよな?」

と言うと。二人は悲しそうに頷いた。兄弟同士罪は無い。その兄弟が憎しみ合うとすればそれは大人の都合だろう。
本来ならば共に学び遊び、同じ場で眠るはずだった兄弟。

それが、今になってやっと顔を見るだけなのだ。

「分かりました梵天丸様。小次郎様にお会いになりましょうか。」

私の気持ちを分かってくれたのか、二人は精一杯優しくそう言ってくれた。

ああ、二人が優しく私の事を分かってくれる人でよかった。
私は恵まれた人の内だ。

私は立ち上がり庭へと向かった。
障子は喜多が開けてくれた。眩しすぎる陽の光が全身に当たる。
今日はなんとも綺麗な青空だろうか・・・。
私は陽の光が眩しくて目を細めた。

空を見上げながらこの庭のどこかにいる小次郎を思った。
隣に立っている小十郎が私の耳元で小次郎の場所を教えてくれた。

私から向かって左の所に小次郎が居る。
私は、空を見ながら目の端で小次郎を探した。そして見つけた。
目の端なので小次郎がどういう顔をしているのか分からない。
だけど、小次郎が私の姿を見て逃げ出さなかったのは確かだ。
それだけで嬉しくなった。

そして、私は決心が付いて小次郎の方に顔を向けた。
この右目を見て今度こそ逃げ出すかもしれないという不安を抱えながら。
それでも少しでもいいから小次郎の姿が見たい。

正面から見た小次郎の顔はくしゃくしゃに歪んで泣きそうな顔だった。いや、もう半分泣いていた。

ああ、小次郎を怖がらせてしまったかもしれない。申し訳ない気持ちで一杯になった。
それでも、綺麗な着物を着て、傷一つ無い顔を見て、痩せていない姿を見て、私は安心した。
よかった。

小次郎はそんな時に涙を流した。


私は小次郎の元へと向かった。焦らずゆっくり歩いて。
小次郎は泣きながらも、鼻水を流しながらも私を見た。
真っ直ぐと私を見つめている瞳のなんときれいな事か。

私は小次郎の手の届かないところで止まった。
小十郎と喜多は私の行動を何も言わずに見つめている。

小次郎は止まる事の知らない涙を止めようともせず流していた。
声を出さないように押し留めていたため、小次郎の口から嗚咽が漏れる。

「小次郎」

「・・・・・・。」

小次郎は何も答えずにただ泣いていた。

「お前は元気でやれよ」

小次郎は泣きながらも驚いた表情をした。まん丸の目を私に向ける。

小次郎はその表情のままこくん、こくん。と縦に首を振った。

私はその小次郎の反応に満足してくるりと背を向き小十郎と喜多のところまで歩いた。

複雑な表情の二人に部屋へ戻ろうと顎で示し部屋に戻ろうとすると後ろから「兄上!!」と大きな声で呼ばれた。

呼んだのは間違いなく小次郎だ。私は驚きながら後ろを振り向いた。
小次郎は大きな声で言った。

「また来ます兄上」

そして、私に笑顔をむけた。

私に笑顔を向けてくれている。
私を兄上と呼んでくれた。

「ああ、いつでも来い。」

それだけ言うと小次郎は去っていった。
私は小次郎のいた方を眺め、唇を緩ませた。





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