51、青空のような人は微笑んだ。
(小次郎視点)

母様は好きだ。
だけど、怖い。

皆も言っている、母様を怒らせると怖いって。怖いなんてもんじゃない。鬼みたいになっちゃうんだ。

本当は小次郎はもっと外に行って遊びたいし、色んな人と話がしたい。
だけど母様が其れを嫌うから外にも行けないし話だって出来ない。
時々母様が怖くて、本当に自分の母様なのかって思うときがある。

小次郎は、もっと自由に生きたい。

それでも母様は今日も小次郎に会いに来る。
嫌いではないのだから別にいいのだけれども。
ただ、会話をする時母様に反する言葉を言ってはいけない。母様が怒ってしまうから。
母様が怒らないように慎重に言葉を選んで返事をする。

外に飛び出してしまおうか。
最近、自分にだったら出来ると思ってきた。
何も母様は四六時中小次郎の傍に居るわけではないし、居ない時だって居るのだ。
それに、ここの所母様は忙しそうに毎日小次郎の部屋から出て行く。
お陰で小次郎は女中と過ごす事が多くなった。

外に出ても母様は自分に甘いから少し大目に見てくれるだろう。

外に、出ようか。

思い立ったら早速実行することにした。
今行けば大丈夫。不思議と心がそう言っていた。

「珠、庭に出るぞ」

珠、と言うのは一番仲のよい女中の一人だ。友達の居ない小次郎に優しく接してくれている。

「小次郎様、庭にですか!?」

驚いた顔の珠。其れはそうだろう。何故なら自分から何かしようと言ったのは初めてのことだったから。

「ああ、どうしても今行きたいんだ!!」

と、珠を説得すると珠は、難しい顔をしたが「小次郎様がそう仰るのであらば参りましょうか」と言ってくれた。
本当は行きたくないのだろう。だが、小次郎の我儘に付き合ってくれた。珠、ありがとう。

小次郎は珠に連れられて庭に出た。
前に母様と行った時と同じような青空が広がっていた。
真っ青な綺麗な空。
暫く珠と小次郎二人で庭を歩く。すると、今まで母様と一緒に行ったことのない場所のところまで来た。
それに気が付いた珠が小次郎を戻らせようと必死に説得する。
母様は言っていた、この先には化け物、小次郎の兄上がいる。
一つ年の離れた兄上。母様が一等に嫌いな兄上。

小次郎は兄上がどういう姿をしているのか分からない。
母様が言っているような醜い姿をしているのだろうか。していたのなら怖い。
鬼のようになってしまったのだろうか?人をとって食ったりしているのだと言う噂もあった。
小次郎も食べられてしまうのだろうか?怖い。

兄上に対する恐怖が生まれる。
しかし、父上は違っていた。兄様はとても素晴らしいお方だと。

小次郎は父上が好きだ。母様が怖いとき、小次郎が何かやってしまった時、父上が庇ってくれる。優しくしてくれる。
父上は時々部屋にやってきてくれた。母様との会話は殆ど無い。
部屋に来て小次郎とお話をする。

その父上が言う。母様が居ないときに。
兄上の話をする時の父上の表情は凄く優しいものになっている。
そして、小次郎と話をしているのに、小次郎ではないどこか遠いところを見つめている。
小次郎は少し嫉妬した。だけど、兄上を恨むような事をしなかったのはきっと父上が兄上の事を小次郎に一生懸命教えてくれたからだろう。
兄上は、賢くって、堂々としていて、綺麗な姿をしていると。

母様と父上の兄上の話は全然違っていた。小次郎は父上の言っている事を信じたい。
だけど、母様の言う事が頭から離れない。信じたくないのに離れない。
信じたい、信じたいという中に、化け物じゃないのか?という気持ちが混ざっている。
兄上はどのような姿をしているのだろうか。



「珠」

「はい、何で御座いましょう」

「小次郎は今日兄上を見に行く」

「っ小次郎様!?」

「止めても無駄だぞ、小次郎は行くと決めた」

「なりませぬ!!御願いです、どうかお止めになってください!」

珠は泣きそうになりながら言った。だけど、小次郎はどうしても兄上の姿が知りたかった。
どうしても知りたいんだ。

「御願いです・・・。梵天丸様は化け物なのです。小次郎様までそうなったら・・」

「珠は兄上の姿を見た事があるのか?」

「・・・いいえ、ありません」

「そうか、だったら兄上を化け物と言うな」

「・・・すみません」

頭を下げた珠。小次郎はたまに向かって言った。

「ここに居てくれ珠、小次郎は一人で行く。」

「そんな、私くしもお供させてください!」

「駄目だ、小次郎が一人で行くと言っているんだ。珠は此処に居ろ」

考えて考えて考えた珠は最後には「はい」と小さく弱々しい声で言った。

珠を置いて一人言った事のない庭の奥に向かう。たくさんの木、草を掻き分け前に進むと今度は植物の生えていない場所に出た。
すぐ近くには城の廊下が見える。

あそこに兄上が居る。何故か直感的にそう思った。
草に身を潜めてじっとその場に居た。すると、廊下から足音がする。
怖いという気持ちを抑えて小次郎はその足音の人物を見た。
その人は見た事が無い若い男だった。年は・・・20歳かそこら辺だろう。
頬には大きな傷痕がある。
その人が部屋に入る前「失礼します梵天丸様」と言っての中に入って行って。

どくん、と心臓が跳ね上がった。此処に兄上が居る。
そう思うと、さっきまでの決断を変えたくなった。
兄上に会いたくないという気持ちが出てきた。化け物だったらどうしよう。どうしよう。
恐怖かで、涙が出てきた。

帰ろうかな。と、思ったその時、がらりと部屋の障子が開けられ中からさっきの男の人と女の人と、男の子が出てきた。

兄上だ・・・・。

その時、時が止まったように思えた。
兄上が、ゆっくりと庭の方に足を進め、空を見上げた。
その兄上の横顔は表情は寂しそうで、でもどこか楽しそうで嬉しそうで。どうしてそんな表情ができるのかわからなかった。

なんだか泣きそうになった。
不意に空を見上げていた兄上は小次郎の方を見た。
ばちりと視線が合う。小次郎は目が離せなかった。

真正面から見た兄上の顔は、右目が包帯で覆われていた。
だけど、決して醜くなんて無かった。父上の言っていた通り、綺麗で、美しかった。

兄上は小次郎の存在を知っていたのかもしれない。いや、知っていたのだろう。
視線が交差する中兄上は優しく微笑んだ。
ふわりと、綺麗な綺麗な笑顔だった。もう、泣きそうだった。目からは涙が溢れそうで目の前が歪む。

小次郎は知った、本当に美しいものを見ると人は何も話せなくなり、涙が出てくると。
そして、本当に美しいものは物なんかではなく人だということ。
涙を流しながら小次郎は兄上を見た。
身に着けている着物の色の青がよく似合っていた。まるで、大好きな青空のようだと思った。



母上、兄上は化け物なんかじゃなかったです。




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