46、温かな腕に包まれて瞼を閉じる。
帰ってきた喜多はなんだか疲れているようだった。父上のところで私の話しでもしてきたのかな?さっきから私を見ている。

暫く経ってから、小十郎は用事で私から離れることになった。
小十郎と離れるなんて嫌だったけどしょうがない事だし、我儘ばかり言ってられない。
名残惜しい気持ちを抑えて私は小十郎と離れた。

「すぐに戻って来いよ」

そう言うと小十郎は「勿論です」と笑顔で返した。
部屋を出る前に私の頭を撫でて行くのを忘れずにだ。

小十郎が居なくなって部屋が寂しくなった様な気がして私はなんだか不安になった。不なんで不安で部屋を歩いたり体を動かしたり何かしている私の気持ちが分かったのか喜多は小十郎を待っている間もう勉強をしようということになった。
正直面倒くさくてやりたくないんだけどそんな事言ってられない。渋々私は喜多と向かい合った。

「それでは梵天丸様、お勉強をなさる前に話しておくことがあります」

「話し・・・?」

一体話とは何の話しか。

「はい、まず私の教育する事についての目的です。」

「・・・・。」

「私は輝宗様により女子と男子どちらの教育を命じられています」

どちらの教育??何故そんな事をするのか私は分からなかった。
私をここまで男子として育ててきたのだからたとえ私が自分の事を女子と分かっても男子としての教育をさせればいいのに。

「男子の教育は分かる。しかし、何故女子としての教育もするのか。」

「それは、輝宗様の優しさですよ。」

「優しさ??」

「自分の勝手な思いで男子として育てた梵天丸様に少しでも女子として生きさせてあげたいというお心です。」

「そうなのか?」

「はい、そうでございます」

父上の優しさは分かった。
しかし、いくら私が女子だからって、女として振舞う事は無い。一生男として生きていく心があるからだ。
女としての教育を受けてしまえば女に戻りたいと思うのではないのだろうか?父上は私が女として生きたいといわないと思っているのだろうか?
確かに、私は男として生きていく覚悟は出来ているといっても、もしかしたら女として生きたくなるかも知れない。その時はどうするのか。そこのところがよく分からなくて私は納得しない顔をした。

「ですから、私はこれから梵天丸様に二つの教育をなさいます。しかし、一つだけ約束して下さい。」

「なんだ?」

「小十郎には梵天丸様が女子だというのは言わないでいて欲しいのです。」

「・・・小十郎は知らないのか」

そう言うと喜多は首を縦に振った。
そうか、小十郎は知らないんだな。私は安心したと同時になんだかがっかりした。
心の中では小十郎に自分が女だというのを知っていて欲しかったのかもしれない。分からないけど。

「女子としての教育は、礼儀作法、料理、華道、茶道、お琴。
男子としての教育は、布陣の組み方、男子としての話し方、男子としての振る舞いです。私にできる事なら何でも教えます。」

私はやる事の多さに思わず眉間に皺を寄せた。

「剣術、体術、武器の使い方、その他は小十郎をが教えてくださいます」

「・・・そうか」

「梵天丸様、大変身勝手な事だと思いますが小十郎に怪しまれず、教育をさせます。
申し訳ありませんが梵天丸様も小十郎に女子だという事がばれない様にしてください」

「・・・・わかった」

そこで喜多の話は終わったのか喜多は一息ついた。私は足を崩して部屋の隅を見つめた。

「今日はまず女子男子関係なく漢字の読み取りから致しましょうか」

漢字・・・。その言葉を聞いて私は嫌な顔をした。漢字は大体分かるが今はあまり勉強したくない気分だったのだが・・。
私は深いため息をついて「そうだな」と言って喜多に向かい合った。
漢字の本を取り出し私に見せ、漢字を一つ一つ頭に刷り込むように覚えさせられる。

漢字は嫌いじゃないのだが・・・。乗り気じゃない。
それでも、漢字を読み、文を読むと喜多は驚き、褒めてくれる。私はそれが嬉しかった。
だから、今日でたくさんの漢字を読んだし覚えた。
大体日が暮れた頃か、廊下から足音が聞こえてきた。
小さい足音で喜多でさえ分からないほどだったが、もうずっと聞いてきた足音は私の体が無意識に反応してしまう。
落ち着く小十郎の足音だ。

私は立ち上がると襖の前に立った。
すると、襖の前から「失礼します」と小十郎の声が聞こえた。
「入れ」と短く返事をすると入ってきた小十郎に私は勢いよく抱きついた。

小十郎はもう慣れているのか落ち着いて私を抱きかかえた。

「小十郎、用事は終わりましたか?」

「はい、無事に終わりました」

「それは良い事です」

という会話を二人は交わしてから小十郎はさっきまで私と喜多が勉強に読んでいた本に目がいった。

「梵天丸様、今日は漢字のお勉強でしたか」

「そうだ!今日でたくさんの漢字を覚えたぞ!!」

「そうです、梵天丸様は覚えが早く、私も凄く驚きました」

「さすがは梵天丸様です。」

と、嬉しそうに笑う小十郎。

「じゃあ、小十郎ご褒美をよこせ。」

そう言って私は小十郎に抱きついた。
私の言葉に小十郎と喜多は眼を丸くしている。

「ぼ、梵天丸様!?」

「ただ、頭に唇を押し付けるだけでいいから・・・。な、駄目か?」

我ながらなんて事を言ったんだろうと今頃思った。しかし、なんだか今日は小十郎のキスが欲しかった。

小十郎は暫く考えてから

「本当、梵天丸様は甘えん坊ですな」

そう言って私の頭に唇を落とした。
くすぐったくって気持ちがいい。私は思わず目を細めた。
それと同時に体が熱くなってきた。眠くなってきた証拠だ。だんだんと薄れていく思考。

「眠いのですか?梵天丸様。」

首をこくんと縦に振ると私は小十郎の腕の中で寝る体制に入った。

「それでは夕餉には起こします。おやすみなさい。」

眠く頭がぼおっとする中私は「おやすみ」と小さな声で言った。
そして後ろに居た喜多にも、聞こえないだろうけど「おやすみ」と小さな声で言った。

喜多は驚いた顔で、しかしすぐに優しい顔になって「おやすみなさい梵天丸様」と言って私の頭を撫でた。



おやすみ・・・・。



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