40、自分にできない事が多すぎる。
(輝宗視点)


まだ、梵天丸に喜多を教育係として紹介する前日の話である。
輝宗は悩んでいた。考えすぎて頭が痛くなるほどにだ。そこまでして考えるものとは勿論目に入れても痛くないほど愛して止まない息子・・・いや、娘のことだ。
この九年間梵天丸には自分が男だと信じ込ませてきた。梵天丸には可哀想な事をしたと思っている。
本来娘として育てられるはずだった子を息子として育ててきた。
本当ならば綺麗な服を着せて簪でなどで綺麗に髪を結ったり女の子らしい遊びだってできるはずだった。
それが、娘がたった一人の我がままで息子となった。

いや、しかし。あの時はああするしかなかったのだ。
俺は気付いていた、義の本心に。もしあの時梵天丸が女だとしていたらきっとあいつは赤子の梵天丸を殺していた。
女を許さない義に対し、梵天丸を救うにはあの時はとっさに男と言うしかなかった。

この事を知っているのは俺と、今は居ない小萩と千代と喜多だけだ。
小萩と千代の事を思い出すと今でもあの時の事を思い出してしまう。楽しかった頃だ。
あの時は皆が笑顔で毎日が輝いていた。可愛い梵天丸が笑顔で向かえ、千代も小萩も梵天丸によくしてくれて、どうせだったら皆でもっと何処か出かけたらよかったと後悔してももう遅い。
後悔してばかりだ。申し訳ない。


部屋には煙草の匂いが充満しているだろう。さっきからずっと吸い続けているからな。
どうしてもこうした考えが頭の中を横切る。その度に煙草を吸った。苛々する時も煙草を吸い、悲しくなるとまた煙草を吸う。
どんなに人に言われてもこの煙草を止める事はできねぇな。この煙草のおかげで今の俺がある。煙草が無くてはきっと今頃義を殺していたな。
今でも絶えず沸々と湧く義への殺意。それを押さえているのもこの煙草だ。
駄目な大人だな。梵天丸にはこうなってはほしくない。まぁ、俺が言えた義理じゃねぇがな。


俺は己の腕を見た。傷だらけだ。傷だらけのこの腕は今までこの腕で何を守れてきた。
国か?国民か?自分か??いつでも自分の大切なものは守れない。
たった一人も娘さえも守る事が出来ないこんな腕を憎くてしょうがない。
見た目ばかりではないか。国を守ってきたとはいえたいした領土もとれず殆ど領地は変わらぬままだ。一体俺は生きてきて何をしてきたんだ。

せめで梵天丸だけは守ろう。そう誓ったはずなのに。


「輝宗様」

そう名前を呼ばれてはっとなった。どれだけの時間を自分は過ごしていたのだろう。
先ほど小姓に喜多を連れて来るよう言ったはずなのだがいつの間にかその喜多が目の前に居た。

「考え事でもなされていたのですか?」

そう言う喜多の眉間に皺が寄る。

「・・・まぁな」

「梵天丸様の事でしょう」

さすが、喜多は鋭い。小十郎の義姉でもある彼女は賢く肝が据わっており、細かい事にまで気が付く。
そして、どこか小十郎と雰囲気が似ている。どこが、とは言いづらいが見ているのは確かだ。

「お前に隠し事は出来ねぇな」

俺はクックックッと喉で笑った。

「隠し事はしないで下さい」

喜多もつられてクスクスと笑った。

「それで輝宗様話とはなんでしょう」

喜多は単刀直入に聞いてきた。いつでも喜多はそうだ。回りくどい話し方を嫌い、本当の話を聞く。
単刀直入な喜多に対し、俺も喜多に単刀直入に言った。

「梵天丸の教育係になれ」

さすがの喜多もこの一言には驚きを隠せない。目を丸くして俺を見た。

「私が、梵天丸様の・・・?」

「そうだ。答えは梵天丸の教育係になるか、ならないか。この二つだ。」

喜多は珍しくも難しい顔をさせて悩んだ。
喜多は赤子の梵天丸に会った事がある。小萩と千代にもだ。
仲がいい方だったし、二人が死んだ時も喜多は悲しがった。しかし、梵天丸を恨むような事をしなかった。
それどころか、二人に「よく梵天丸様を守ってくださいました」心からそう感謝の言葉まで送ったのだ。

普通なら心からそう言えないものだ。仲の良かった二人を一瞬にしてなくし、その原因とも言える梵天丸を救った事に感謝した。
俺は、小十郎に感じたものを喜多にも感じた。喜多もまた梵天丸を強く大きく育てるだろう。

それに喜多にはもう一つ教育係になってもらいたい理由があった。
それは梵天丸が女であるという事だ。

もし、今の女嫌いのままでいたら自分が嫌いな女だと知ったときどうなってしまうのか。
怖かった。梵天丸が狂ってしまいそうで。
だから喜多は梵天丸の女を克服させるためでもあった。
喜多ならやってくれるだろう。そう信じて。


「わかりました」

喜多はそう言って俺と向き合った。

「梵天丸様の教育係になりましょう。いえ、教育係にして下さい。」

「してくれ、とはどういう事だ?」

「はい、私は幼い頃の梵天丸様を見てきました。赤子から幼少、今まででの梵天丸様です。
前々から思っていました。梵天丸様は他の子供どこか違います。私は梵天丸様が何を考えているのか知りたいのです。」

「梵天丸が他の子供と違うだと?」

俺はその喜多の発言に苛着きを覚えた。

「はい。決して変な意味ではありません。梵天丸様は幼い頃から常識を知っているように思えるのです。
賢く、礼儀もなっています。これはもう天才と呼ぶべき、前に神の子と呼ばれていましたがその通りだと思います。
生まれながらにして持っている才能。それが知りたいのです。」

「・・・・喜多、お前が梵天丸の教育係になりたいという理由はそれだけか?」

俺は探るような視線を喜多に向けた。喜多はクスリ。と笑って俺に言った。

「本当の理由は・・・梵天丸様が好きだと言う事ですね。」

喜多にしては珍しく、は照れくさそうに笑いながら答えた。

俺は目を丸くした。梵天丸を今でも好きと言ってくれる者が居たのか。
嬉しかった。

「喜多」

「はい?」

「ありがとな」

「・・・勿体無きお言葉」





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