38、愛情伝わる表情。
涼しいと言えない、冷たくなった風が頬をそっと撫でていった。
外はもう暗くすぐそこにある庭の木も見えないくらいだ。

私は小十郎に上着を掛けてもらい夜の外を見た。
小十郎はというと私の斜め後ろで笛を吹いている。
私が小十郎の笛が聴きたいと言って吹かせたのだ。
小十郎の笛は本当に上手いし綺麗だ。秋の夜にぴったりな曲を見つけては自分のものにしていく。

私は目を瞑って小十郎の笛を聴いた。
その間私はなんとも言えない幸福な時が流れた。
出来れば私だけじゃなくて小十郎もそう思ってくれたらいいのに。私はそう思った。
一通り吹き終えた小十郎に私は拍手を送った。


「ありがとうございます梵天丸様」


私がくるりと後ろを体ごと向くと小十郎はなんとも嬉しそうな笑顔を私に向けていた。


「小十郎は本当に笛が上手いな」

「そのようなお言葉をいただけるなんて・・・ありがたき幸せ」
そう言って小十郎は頭を下げた。


いつも私は笛を吹き終えた小十郎に笛を褒める。
その度に小十郎は心の底から感謝を表す。


小十郎は私の側に来て私は再び外を見た。
秋の虫の声がここ最近また一段と大きく聞こえるのは気のせいじゃないだろう。


そう言えば、私はふとこんな事を思い出した。
父上から聞いた話だ。小十郎は剣の腕も申し分なく文学も申し分ない。
文武両道とはまさに小十郎のような奴の事を言うんじゃないのか?
そんな話をしていた時。
父上は付け足すように「小十郎はなかなか笑顔を見せないんだぜ?」
と言っていた。

私には信じられなかった。小十郎はなかなか笑顔を見せない?
むしろ小十郎が笑顔ではない時の方が少ない。と私は思っている。

確かに他の人と話すときは険しい顔をしているがな・・・。


どうでも良かったが、今ふと思いついた事なので忘れないうちに小十郎に聞いてみることにした。


「小十郎」

「はい、何ですか梵天丸様」

「お前は何故そんなにも笑顔なのだ?」

私がそう言うと小十郎はポカーンという顔を見せた。


「はい?」

「俺はお前はいつもは笑わないと聞いた。しかし俺はお前の知っている表情は笑顔が殆どだ。
もしかしたら、なかなか笑わないと言うのは嘘なのか?」


と言うと小十郎はいきなり笑い出した。


「何が可笑しい!」

なんだか変な質問をしたなと、後からになって恥ずかしくなってきた私の顔は赤くなっている事だろう。


「いや、すみません」


謝る小十郎の顔は笑顔。


「で、どうなんだ」

私はぶっきら棒に言った。


「そうですね・・・・確かに梵天丸様以外には笑顔はなかなか見せませんね・・・・。」


「そうなのか?」


「はい」


そう言う側から小十郎の顔は笑顔で私は信用できなかった。


「本当か?」

「はい。信じられませんか?」

「うん」


正直に答えると小十郎は楽しそうに笑った。


「そうですか、それだけ私が梵天丸様に笑顔を向けていると言う事ですね。
私は別に信じられなくても構いませんよ。」


「・・・なんか、すっきりしない・・・」


皺を寄せている眉間に小十郎が親指でその皺を伸ばす。


「梵天丸様小十郎はですね、嫌いな奴にわざわざ笑顔を向けると言う事は出来ないのです。
笑顔は心の底から楽しい事、嬉しい事のためにあると小十郎は考えているのです。」


私は小十郎の話を聞きながら頷いた。


「ですから梵天丸様が、知っている私の表情は笑顔だと聞いて凄く嬉しかったんですよ?
小十郎は梵天丸様が居るから笑顔なのです。
梵天丸様に向ける笑顔は全て心の底からの笑顔なんですが、分かりましたか?」


なんて言って楽しそうに笑うから私もつられて笑って笑顔になった。


「ああ。俺が気付かないとでも思っていたか?」


俺は意地悪にそう言った。
小十郎は満足したように頷いた。


「さすが梵天丸様です」


そして私は眠りに着いた。最後に見たのは小十郎の笑顔だった。
ああ、幸せな夢が見られそうだ。そんな事を考えながら意識が途絶えた。





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