35、子守唄は貴方が知っている。
暑かった夏も終わりを告げていた。
緑が生い茂り蝉の声が絶え間なく響き渡り、立っているだけで汗が滲むような暑さもどこへいってしまったのやら
今では緑の葉は赤に染まり蝉の声は虫の羽音に変わり暑さは寒気を覚えるほどになってしまった。

秋だな。

梵天丸は一人部屋から外を眺めていた。
ついこの間まで暑い暑いと思っていたのにこうも変わるものかと改めて思い知った。
夏の間は早く寒くなってくれないかと思っていたが、暑さがなくなるごとに夏が恋しくなってくる。

ひゅう。と落ち葉を巻き上げながら吹く風が体を通り抜け髪をも巻き上げていった。

寒くなってきたな。そう肌で感じて思わず両腕で体を擦った。


「梵天丸様」


いつの間にいたのか廊下から小十郎が顔を出した。
目線が庭から小十郎へと変わる。


「寒くなってきましたのでそろそろ障子を閉めさせていただきます」


その小十郎の言葉に私は「わかった」と一言言うと小十郎は障子を閉め部屋に入り
持ってきた熱いお茶を私に差し出した。

私はそのお茶を受け取ると手のひらでお茶の温もりを楽しんでから少しお茶を口に含んだ。


「もうすっかり秋ですな」

小十郎が障子の向こう側にある庭を見透かすように見ながら言った。


「そうだな。」

私は、お茶をずずっとすいながら小十郎と同じく障子の方を見て答えた。

庭からは虫の羽音が絶え間なく聞こえてくる。涼しげな音がより秋を感じさせる。そして秋独特の雰囲気はどこか寂しくもあった

陽も落ちるのが早くなって外はすっかり夕暮れに染まっていた。
障子から夕日が差し込まれる。


暫く小十郎とそうしていると、そろそろ夕餉なのか小十郎が部屋を出て行った。


私は飲み終わったお茶を置くと、障子に向かい少し開けて外を見た。
空はもう夕暮れというか暗く、橙色と黒が重なり合って不思議な色を出していた。
夕日はもう沈んでしまってその姿はどこにも無い。

その代わりに暗くなった空に薄く月が昇っていた。
月は暗闇の中淡い光を纏っていて凄く綺麗。夜見ればさらに綺麗だろう。


とんとん。と足音が廊下から聞こえてきた。あ、小十郎が来た。
私は障子をぱたんと閉め部屋の中に入った。

部屋に入ってくる小十郎。その手には夕餉があった。
私はその夕餉を食べ終えると読みかけだった本を広げた。
小十郎は私が本を読むことに大いに賛成してくれる。知識があるのはいいことだ、そう言って私に本を薦める。
小十郎も本が好きだからということもあるだろう。


本を広げる頃にはもう真っ暗になっていた。ついこの間まではまだ陽は出ていたのにな・・・。なんんて考えるとまた何故か寂しくなるような気がする。

部屋には私と小十郎だけだ。これは変わらないこと。
私は小十郎に近づくと座っていた小十郎の膝にすぽんと収まるように座った。

最初こそは驚いた小十郎だがもう当たり前のように私を受け入れる。
そもそもこれは小十郎が寒いだろうと言った事から始まったのだ、それを私はまた実行しただけ。
小十郎は私を抱えたまま本を読むこともあるし、私に腕を回し私が本を読むところを見ている時もある。
今日は小十郎も本を読んでいた。
二人とも本に没頭する姿はおかしいだろうな。私はそう考えて声に出さずに少し笑った。


本を読むと時間が経つのを忘れる。気が付くとだいぶ時間が経っていた。

「梵天丸様もうそろそろ寝具に・・」

小十郎が自分の本をぱたんと閉じて言った。


「まだ本が読みたい」

本から目線を外し小十郎を下から見上げながら言う。
なんだか今日は全然眠くない。本を読んでいて頭がはっきりしているという事もあるのかもしれないが。それに本が気になる。


「駄目ですよ。夜遅くまで起きていては体が育ちませんし明日に支障が出ます。
本は明日でも読めます、今日はもう寝てください。」

そう言うと小十郎は私をひょいっと抱えるとそのまま寝具に私を運んだ。

本は私からとって読んでいたところにしおりを挟んだ。
私は納得できないというように不機嫌な顔をしたが、小十郎が駄目です。という顔をしてくるので私は諦めた。小十郎は駄目といったら決して考えを変えないのは私も知っていたから。

観念した私を見て小十郎は微笑んで「いい子ですね」と言うと、私の額に唇を落とし部屋から出て行った。


小十郎が出て行った部屋は静かで落ち着かない。いつも寝る前のこの時間が私は嫌いだ。
怖い。しかし、小十郎に一緒に寝ようというのはちょっと、というところがあるので私は何も言わないが。
外からは風の音が耳に入る。今日はいつも以上に目がさえる。
私は何度目か解らない溜息をついた。ぴゅうぴゅうと風が鳴っている。
そうだ、少し庭を見よう。そうすれば眠くなるかもしれない。

私はそう思い体を起こして障子を開けた。すると今まで風の音だと思っていたが別な音も混ざっている事に気が付いた。
この音は笛だ。透き通るような音。秋の雰囲気に合う寂しげな音。


誰がこの笛を吹いているのだろう。私は気になってその笛の音がするほうへと足を運んだ。
廊下を歩く間も笛の音は私の鼓膜を振るわせる。


ぺたぺたぺたり。笛の音は小十郎の部屋から聞こえてきた。
障子が半分ほど開けられていたので小十郎の部屋の少し前で止まる。
少し身を屈め小十郎の部屋を覗くと小十郎は私にも気付かないくらい真剣に笛を吹いていた。

小十郎が笛を吹くその姿は凛々しくてかっこよかった。どっしりと構えて真剣な顔つきで笛を吹く小十郎から、どうしたらこんなにも綺麗な音が出るものか。
私はその笛の音と小十郎に見惚れていた。

不意に小十郎が笛を止めた。私は慌てて身を後ろに下げる。


「そこに居るのは誰だ、出てきやがれ」

どすのきいた小十郎の声に私は肩をぴくりと振るわせ身を縮めた。
小十郎の足音が私に近づいてくる。私はどうすることも出来ずにその場に座っていた。

ばん、と小十郎が障子を勢いよく開ける。私はその音の方へ顔を向けた。


「ぼ、梵天丸様!?」

射抜くような鋭い眼差しから私だとわかると、まさか私だと思って思っていなかったらしく驚いた顔に変わった。


「・・・・・小十郎」

小十郎は膝を着くと私の両手をとった。


「ああ、こんなにも手を冷たくして・・。風邪でも召されたら大変ですといつも言っているでしょうに」

そう言って小十郎は私に手を温める。

「・・・ごめん・・」

私は顔を下に下げた。申し訳ない気持ちがわいてくる。

「解ればいいのですよ」

優しい声が頭の上から聞こえる。
私は顔を上げた。小十郎の笑顔が視界に広がる。
小十郎は私から手を離して私を抱きかかえた。そのまま私の部屋に運ぼうとしたので私は小十郎を止めた。


「どうしました梵天丸様?」


「・・・小十郎、笛吹けたんだな」


そう言うと小十郎は少し恥ずかしそうに「まだまだ下手ですがね」と言った


「謙遜するな。俺はお前の笛の音、いいと思った」


私は思ったことを言った。すると小十郎は笑顔で嬉しそうに「有難う御座います」と言いながら私を強く抱きしめた。

「小十郎お前の笛の音聞いていたい。」

「それでは・・・梵天丸様の部屋で」

「小十郎の部屋がいい」

私がそう言うと小十郎は「しかし、梵天丸様が私の部屋になど・・・」と言ってきたので
「俺が小十郎の部屋に行くと言っているんだからいいだろ」
と強引にも言うと。小十郎は少し困ったような顔になっが了解して私を小十郎の部屋へと運んだ。

小十郎の部屋で小十郎の寝具に横に寝かされる。
小十郎の寝具は小十郎の匂いがして、まるで小十郎に包まれているみたいだった。

横になる私の隣で小十郎が笛を吹き始めた。
透き通った音が心地よくてか、小十郎が居る安心かわからないが
私はすぐに眠りについた。
その日の夢は凄く幸せな夢だった気がする。




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