(小十郎視点)
俺は俺の腕の中で眠る梵天丸様の背中をぽんぽんと叩くと梵天丸様の部屋へと向かった。
あの後、さんざん泣いて泣いて泣いてそれで泣き疲れて眠ってしまった梵天丸様。
口の端から流れる涎が俺の着物にしみを作る。瞼は泣きすぎて腫れていて赤くなっているがそれでも可愛いと思うのはどうだろうか?
ずきん。頬に痛みが広がる。俺は少し痛みに顔を歪めた。
まったく、笑えないと言うのは本当に不便だ。ただでさえ梵天丸様を見るだけで笑みがこぼれてしまうというのに我慢しろと?無理な話しだ。
梵天丸様の部屋に着くと起こさないようにゆっくりと横にした。
相当疲れているのか梵天丸様は起きずに横になった。
梵天丸様に仕えた頃に比べるとふっくらとしてきた頬は、初めて出合った時の梵天丸様を思わせた。
昔の梵天丸様を思い出して懐かしく一人思う。
昔の梵天丸様も美しいが今の梵天丸様も美しい。これからもっと美しくなるだろうと考えると先がとても楽しみだ。
梵天丸様は人を引き付ける雰囲気を生まれながらに持っていらっしゃる。
このお方ならばかならずや天下を取る事が出来るだろう。
いずれ戦に出るときがあるだろう。その時は、俺が梵天丸様を守らなければ。
梵天丸様の命守り、そして梵天丸様を支えよう。もちろん自分も死なないようにだ。
梵天丸様が先ほど俺に言ってくれた言葉、俺が死ねば梵天丸様も死ぬ。そんなことにはならないようにしなければ。
この小十郎の魂は梵天丸様のものでもあるが、それと同時に梵天丸様の魂でもある。この命大切にしなければ。
今まで俺は梵天丸様の為ならば命も惜しくないと思っていたが、あんなことを言われたら、もうそんなことは考えられなくなった。
そう、考えを変えてみよう。死ぬなんて簡単に言わないで、考えないで、今生きている事を真剣に考えて。
毎日を大切に生き、梵天丸様を支えたい。
今はまだ小さな命を俺が守ろう。今もそしてこれからも。
俺はそっとその場を後にした。
自室へ戻るとそこでは輝宗様が俺を待っていた。まさか輝宗様が俺の部屋にいるなんて考えもしなかあったので俺はもの凄く驚き、ハッとなって頭を下げた。
「顔を上げろ。そんな堅くなるな小十郎。」
顔を上げると目の前の輝宗様は微笑みながら俺を見ていた。
『どうしたのですか』
俺はそばにあった紙と筆を使って輝宗様に問いた。
「どうしたって、そりゃあ梵天丸を守ってくれたお前にお礼を言いに来たんだよ。
前に来たときはお前は寝ていたからな」
『そうでしたか。主自ら出向いてくださったのに寝ていたなど、申し訳御座いません』
「なぁに、気にするな」
輝宗様は辛気臭い雰囲気を払うかのように手を頭の辺りで振った。
「お前には感謝してんだよ。怪我が治ったら俺が何か褒美を出そう!
・・・・そうだなぁ、何がいいか・・・・」
俺はそんな輝宗様に首を横に振った。
「いらないのか?」
その言葉に首を縦に振る。
「お前は本当に欲が無い人間だな」
輝宗様は声を出して笑った。
いいえ違います輝宗様。俺は欲深な人間です。
心の中で俺は輝宗様の言葉を否定した。
他の人よりもきっと俺の方が欲深だろう。しかし、それは決して誰にも言うことはないだろう。自分だけが知っていればいい。
「しかし、これは俺がやりたいだけだから素直に受け取っておけ!!返品は無理だぜ?」
と言ってクククッと喉で笑う輝宗様。
なんと強引な。しかし主にそこまでしてもらって悪い気はしない。
「ああ、それと」と付け足すように立ち上がりながら言う輝宗様。
「小十郎。梵天丸はもうお前に心を開いた。だから後はお前に任せる」
あっけらかん。その一言に尽きる。
まるで急に思い立ったような言い方。
心を開いた?任せる??
輝宗様はいきなりそんな事を言って自分はもう部屋を出ようとするではないか。
目を丸くする俺を見て輝宗様は悪戯っ子の様な顔を見せた
「一応これでも梵天丸の父だぜ?梵天丸のことは俺が一番わかっているつもりだがなぁ?」
そういう事だ。それだけ言うと輝宗様は俺の部屋を出て行ってしまった。
やはり親子。輝宗様と梵天丸様は似ていらっしゃる。まるで嵐が去ったようだ。
「小十郎、小十郎!」
遠くから大切な主が呼ぶ声がした。
俺はその声に呼ばれる方へと足を運んだ。