31、小十郎の左頬。
その日の朝はいつもと同じく小十郎が私を起こしに来た。朝日が起きたての私の顔を明るく照らした。
眠い目を擦りながら私は昨日は小十郎は熱が出ていたのだと言う事を思い出した。


「小十郎・・・熱はもういいのか?」


私は恐る恐る小十郎に聞いた


「ええ、もうこの通り平気ですよ。梵天丸様のおかげです。」


小十郎がそう言ってくれたから私は恥ずかしくって小十郎から顔を逸らした。
絶対私の顔は赤くなっているだろうし小十郎は笑っているだろう。
なんだか悔しくて布団をぎゅっと握り締めた。


私は小十郎の持ってきた朝餉を何とかして全部食べると(全部食べなきゃ小十郎が色々言ってくるからしょうがなく)今日は何をしようかと考えた。その間小十郎は朝餉を下げに行った。
今日は小十郎が居るからな。昨日は父上と一緒に居たのだが
なんだか暗い雰囲気が漂ってたからあんまり話していないし、そのせいか自分の部屋に居たというのに疲れた。

やっぱり私は小十郎の側が一番落ち着くみたいだ。
朝餉を下げに行った小十郎がすぐに戻って来た。何もする事がない私はとりあえず本を取り出して読むわけでもないが本を広げた。


そして小十郎も本を広げる。
そんな事が私の日常。


時折何か話して、途中で寝て、夕暮れになったら空を見て、夕餉を食べて・・・・。そして寝る。

それで一日が終わる。今日もそれで一日が終わると思っていた。


寝殿に入って小十郎が私が寝るまで側に居てくれる。私は小十郎の優しさに包まれながら眠りに付く。
ここまではいつもと一緒だった。
だけど今日は何故か夜中に目が覚めた。前までは夜中に目が覚めるなんてしょっちゅうだったのだが
最近は朝までぐっすりなので今日は珍しいな、なんて横になりながら考えてた。

真っ暗な部屋。最初は目が慣れなくて全然見えなかったけど、慣れてしまえば天井も部屋も良く見えた。

ぶるり。私は体をふるわせた。何故かというと急に怖い話を思い出して怖くなったからだ。
今まで本当にこんな事なかったのに!どうしていきなり怖い話なんて思い出したんだう・・・。
やっぱり小十郎に会って心が変わったって事なのかな?

もう、早く寝よう。私は布団を頭から被った。その時部屋の隅でコトン。という小さな音が聞こえた。

びくっと肩が揺れる。そろりと布団から部屋を見る。と、そこに、人が立っていた。


「ひっ!」


小さい悲鳴が漏れる。
幽霊かと思ったがその人は忍びの格好をしていた事からすぐに刺客だというのがわかった。
しかし、安堵の息はつけない。もしかしなくても幽霊の方が良かったかもしれない刺客ということは、私の部屋に来たという事はやる事は一つ。

私を殺す気だ。

逃げようにも怖くて動けなかった。私が何とかしようとする間その人は私に一歩一歩近づいてくる。
来るな!!そう叫びたかったけど声が出ない。


きらり。刺客の手元で何かが光った。それはもちろん刀。

忍びは怖くて動けない私の口を押さえて刀を振り落とした。
私は梵天丸として何回目かわからない死を感じた。

もう駄目だ。そう思ったとき障子が破れる音がして忍びが声を出さずに苦しんだのが解った。
何がなんだかわからない状況に私の大好きな人の声が響いた


「梵天丸様!ご無事ですか!!」


声を荒げて私に言ったのはもちろん小十郎だった。
忍びの肩を見れば小刀が刺さっていた。どうやら小十郎が投げたものらしい。
小十郎は駆け足で私の側に駆け寄ったが忍びもさすがは忍び傷つきながらも忍びは私に刀を振り下ろした


その瞬間私は温かいものに包まれあの鉄のような匂いがつんと私の鼻をついた。

忍びは舌打ちをしながら傷ついた方を押さえ逃げた。

私を包み込んでいたのは小十郎だった。私は小十郎に守られたのだ。この、血の匂いは・・・。


私は顔を青ざめた。刀は小十郎の頬を深く傷つけていた。
左頬からどくどくと流れる血は小十郎のもので、小十郎は脂汗をかき唇から血が出るほどに噛んでいた。


「こ、じゅう・・ろう」


小十郎がここまで苦しんでいたのは初めてだった。そして小十郎がここまで傷ついているのは初めてだった。

暫くそんな現実を受け入れられなかったがこのままでは小十郎が死んでしまう。と思った私は動揺した

どうしようどうしよう。小十郎が死んでしまう。どうしよう。

私は小十郎をその場に残して頼りになる人物。父上の部屋へと急いだ。


真夜中に、しかも着物に血をつけて泣いている私を見て父上は飛び起きた。


「どうしたんだ梵天丸!」

泣きじゃくる私はただ「小十郎が死んじゃう。小十郎が死んじゃう」とそれしか言えなかった。

そんな私を見てただ事ではないと思った父上は私を抱きかかえて私の部屋へと向かった。
私の部屋には血だらけで倒れている小十郎。
その後、小十郎は父上の呼んだ医者によって血を止めをして血は止まったが結構な血を失った小十郎の顔は青白くいつもの小十郎ではないような、そんな感じに思えた。

刺客は義姫が差し向けたものだろうというのはすぐにわかった。
やっぱり、私のせいで・・・・・。私は小十郎には会わず、涙を流して小十郎に謝った。涙は止まることを知らない。
小十郎に会う資格なんてない。小十郎もこんな思いをしたんだ私に構うような事はしないだろう。そう思うとやっぱり涙が止まらなかった。当然だろう。




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