(小十郎視点)
やってしまった。
小十郎は自分の部屋で布団の中で深く嘆いた。一体何時振りかと思われるほどだいぶかかっていなかった熱。
昨日からなんだか体の調子はおかしいなとは思っていたがまさか熱を出していたとは思いもよらなかった。
熱の為、喉と頭が痛い。それに体の関節が体を動かすたびに痛い。痛みに加え吐き気もする。
熱というものはこんなにも辛いものだったのか。小十郎は改めて熱の辛さを思い知った。
小十郎は深い溜息をつくと頭に乗せた濡れた手拭い越しに額に手を置いた。
ガンガンと頭が割れるような痛みに苦痛の表情を浮かべる。
梵天丸様もこのように辛い思いをしていらしたのか。
そう思う梵天丸様は今日は忙しい中の輝宗様が見ていてくれているはずだ。
本当は自分が梵天丸様の世話をしてあげなければならないのだが、その自分が熱を出して倒れてしまっては情けない。
本当は梵天丸様のおそばを離れたくはないが拡も熱を出してしまっては梵天丸様に熱が移るかもしれない。
これでは梵天丸様に迷惑をかけるだけではないか。
この時期は気温の上がり下がりが激しい。油断していたつもりはなかったのだがどうやらその激しい気温の変化のせいで体調を崩したらしい。
部屋を見渡せば必要最低限の物しか置いていない淋しい部屋。
その部屋で一人寝込んでいる自分を想像したらなんだかまた情けなくなってきた。
今頃梵天丸様は何をしておられるんだろうか・・・・。気になるが梵天丸様に会うわけにもいかない。
この部屋で自分が頑張ることなどこの熱を花がらせること以外に何もない。
そのためには汗をかいて、水を飲んで、食事をとって・・・・・・。
はぁ。それ以外には何もない。いや、病人だから寝ていればよいのではないかという意見もあるが、俺は昼間はなかなか寝れないんだ。
こう、太陽の光があるとその光のせいで寝ようとする気が失せる。寝ようとすればするほど目がさえてくる気がしてならない。
この淋しい部屋で俺は一体何をしているのだ・・・・。
梵天丸様に会いたい。熱が出たときは人肌が恋しいと言うが、梵天丸様に会いたいというのはこの熱のせいなのか?
それは俺にもわからない・・・。
その時だった。廊下から小さく足音が聞こえてきた。
初めは女中か誰かかと思ったが、足音が小さすぎる。大人ではないなというのがすぐに分かった。
それでは誰が?と考えたが、本当は自分の中ではその足音が誰かのものかは知っていた。
ぴたり。俺の部屋の前で止まったその方はどうやら部屋に入るか入らないか迷っていらっしゃるようだった。
障子の向こう側で小さな影があっちへ行ったり、こっちへ行ったりとうろうろとその場を行ったり来たりしている。
あまり頭の回転が速くなくなった頭でその影を見つめた。
そしてついに決心を決めたかのようにその影の方は障子へと手をやった。
そしてゆっくりと障子が開けられていく中で俺は小さな影の持ち主。梵天丸様を見た。
梵天丸様は障子をゆっくり開けるのとに真剣になっていらして、俺の視線には気が付いていなかった。
俺はその可愛らしい姿が見たくってついタヌキ寝入りをしてしまった。
本当はそんなことしてはいけないのに。熱のせいだ。熱のせいで考え方があまり働かないんだ。と、俺は頭の中で熱のせいにした。
音を閉じれば気配で今梵天丸様がどこにいるのかが解った。
梵天丸様は恐る恐る俺に近づくと俺が寝ていると思って安心したのか安堵の息を漏らした。
俺はおかしくって笑いそうになる口元を押さえるので必死になった。
梵天丸様はそのまま何をするのかと思いきや、俺の頭より上の辺りにちょこんと座るとそのままじぃっとして動かなくなってしまった。
俺はそのまま目を開けようか開けまいか迷った。このまま目を開けたなら梵天丸様は驚いて逃げてしまわれるかな?
俺は考えた。
だが、考えている時に梵天丸様の手が俺の手拭い越しに額に触れたのでその考えた中断した。
小さな手が俺の額から手拭いを取ると隣に置かれていた水桶に手拭いをつける音が聞こえた。
次に俺の額に手拭いが置かれた時は冷たく冷えていて、熱い額にひんやりと手拭いの冷たさがしみて気持ちが良かった。
「小十郎」
梵天丸様が小さな声で俺の名前を呼んだ。
俺は少し動揺した。もしかしたら俺がタヌキ寝入りしているのがばれたのだろうか?
もしそうだったらなんて言い訳をしよう・・・・。
だが、梵天丸様は俺の名前を呼ぶとあとは特に何も言葉を発しなかった。
ただ俺の名前を呼んだだけだろうか?そう考えるとまた梵天丸様が愛おしく思えてきて頬が緩みそうになった。
「・・・・・早く良くなれよ」
さっき俺の名前を呼んだ時よりも小さな声で言ったその言葉でもう俺の中では限界だった。
「はい。梵天丸様の為にも早く良くなりますよ」
そう言って俺は目を開けて梵天丸様を見て微笑んだ。
「!!っな!!な、おまえ!!!」
顔を真っ赤にして言葉を噛み噛みになっている梵天丸様。俺は何か言われる前に素早く梵天丸様の手を握った
「どうしたんですか梵天丸様?小十郎のところに一人でいらして」
俺はわざとらしく梵天丸様に聞いた。
梵天丸様は顔を真っ赤にして下を向いたまま俺の方を見ようともしない。
だが、俺の手を振りほどこうとはしなかったのでそれだけで俺はまた嬉しくなった。
動揺と焦りで手を振りいほどこうという事も忘れているのかもしれないがそれでも俺はよかった。
「・・・・・・。」
「どうして黙っていらっしゃるのです?」
俺は笑顔で梵天丸様に問いた
しかし、やはり梵天丸様は黙ったままだった。
俺と梵天丸様の間に沈黙が流れた。それは長い長い沈黙だった。
その沈黙を破ったのは梵天丸様だった。
最初はぼそぼそっと何を言っているか解らないほど小さい声だったが次第に聞こえるようになった。
「・・こ、小十郎が心配だったから・・・・」
目を潤ませ、恥じらいに頬を染める梵天丸様。
そう、俺は梵天丸様からの口からこの言葉が聞きたかったのだ。
俺はその言葉と梵天丸様の可愛らしいその表情でもう熱は下がったのではないかというほど気分も、体調も良くなった。
「ありがとうございます梵天丸様。その言葉だけで小十郎はもう良くなりました」
「・・っ嘘だ!」
「本当ですよ。梵天丸様から心配されていたと知ったらもう梵天丸様を心配させるわけにはいかないと体が思ったのでしょう。もうだいぶ楽になりましたよ」
自分でもよくもまぁこんな言葉が言えたもんだと思った。
しかし、もしかしたら今さっき自分が言ったことは本当かもしれない。
俺は上半身を起き上がらせると元気になったところを梵天丸様に見せた。
梵天丸様はそんな俺を上から下まで怪しむような目で見たが、元気になったと言い張る俺に梵天丸様は小さな笑顔を見せてくれた。
その笑顔は、純粋な子供の笑顔だった。
「明日にはまた梵天丸様の身の回りのお世話をさせていただきますね」
こくん。梵天丸様は「解った」というように首を縦に振った。