26、寂しそうに笑うその人。
小十郎に部屋に運ばれて私は布団の上に横になった。
傷口からの出血はさっきよりは出ていないがまだ止まらない。

ズキズキと熱い痛みが一定の時間に襲ってくる。痛いことが嫌いな私はそれを必死に耐えた。

小十郎は私の傷口を見ようとした。
私はなんだか恥ずかしいのと、もしかしたら女だとばれるかもしれないという気持ちから
小十郎の手を拒んだ。


「・・これくらい平気だ」


私は小十郎を睨むように見た。


「駄目です梵天丸様。消毒をしなければ・・・」


そう言って小十郎は私の手をずらして傷口を再度見ようとする。


「やめろって」


私は焦り、小十郎を押し返そうとしたが、その拍子に、傷口が広がり血が再び溢れ出た。

私は「ぐぁっ」と小さく声を上げると布団を握り締め痛みに耐えた。
体中から汗が出る。
さっきよりも痛みが大きい。


そうしてもなお、私は小十郎に傷口を見せようとはしない。
小十郎はどうしても私の傷口を確かめたい。
しかし、私は傷口よりも女だとばれるという事の不安の方が大きい。


小十郎は私を見つめたまま動かない。
これ以上私の傷口を見ようとすると私が動きこれ以上傷が悪化する恐れがあるからだろうか。


その時廊下から足音が聞こえた。
その足音は私の部屋に近づいている。

小十郎は私から目を離し廊下を見つめ、私もまた小十郎と同じように廊下を見つめた。
そして足音は私の部屋の前まで来た。

がらり。そんな音を立てながら開かれた先にたっていたのは
先ほど見た父上だった。


父上は笑顔を私に向けていたが、無理をして笑顔を向けていると言う事がすぐにわかった。
それは小十郎もわかっただろう。


「久しぶりだな梵天丸」


嗚呼。本当に久しぶりだ。
私は久しぶりに近くで見た父上と、久しぶりに聞いた父上の声で涙が出そうになった。


「輝宗様。どうなされたのですか!?」


小十郎はいきなり私の部屋に現れた父上に心底驚いているようだ。


「まぁ、ちょっとな・・・。」


と、あいまいな返事を小十郎にすると私の部屋へと入ってきた。


「小十郎。着物が汚れているな。着替えてきたらどうだ?」


父上が指差すところの血のシミは私の血。
小十郎は自分の着物を見た。


「し、しかし。」


「なに、その間梵天丸は俺が見てるさ」


父上からは、着替えて来い。という威圧感が伝わってきた。
小十郎に拒否権は無い。


「・・・御意。」


小十郎は少し躊躇ったが、頭を下げて言うと。私の部屋を後にした。


小十郎の足音が遠ざかった。



私はなんだか気恥ずかしかったので父上が見えないように反対側を向いた。


そうしていると、後ろから父上に頭を撫でられた。
久しぶりに頭を撫でられた・・・・。
嬉しい感情と。今まで父上にしてきた行動を思い出すと申し訳ない。
本当に、私の勝手な考えで皆が傷ついた。


私は父上の手を払った。そして払ってからまた父上を傷つけてしまった。と後悔した。


「梵天丸傷はどうだ?」


父上が話しかけてきた。その声は相変わらず優しい声だった。


父上の大きな手が私を優しく父上の方を向かせる。

私の目の前には父上が映った。


私は父上に傷口を見てもらい、父上に包帯をしてもらった。
これで小十郎に傷口を見せなくて良くなったな、と胸をなでおろした。


横になっている私の隣で父上が私を見ていた。
そして不意に私に話しかけた。

「なぁ梵天丸。小十郎は嫌いか?」


私は父上のこの質問に対してどんな反応を取れば良いのかわからなかった。
嫌いではない。しかし、ここで素直に嫌いではないと言ってしまっても良いのだろうか?


私は無言。父上の質問には答えなかった。


父上は少し困ったように笑うとまた、私の頭を撫でた。
父上は私の頭を撫でるのが好きだった。


私はただずっと父上を見つめていた。


「梵天丸気付いてるか?お前の顔が優しくなっている事に・・」


私はその言葉に目を丸くして驚いた。



「あんなことがあって一年間。お前は何を考えているのかわからない表情をしていた。
時折怒り、泣き叫ぶ。それしかしなかったお前が、小十郎と会って少しずつ表情を取り戻している。」


父上は返事をしない私に話しかけた。
私はただ何を言わずに父上の話に耳を傾けた。



「お前が元に戻ってきたのは嬉しい。
だがな・・・・・」



そう言うと父上は少し間を置いた。
そして眉間に皺を寄せて私が今まで見たことの無い悲しい表情をして言った


「やっぱり俺じゃ駄目だったんだって悲しくなるんだ。」


私はただ無表情で泣きそうな悲しい顔をしている父上を見た。


父上は私に覆いかぶさるように抱きしめた。



「やっぱり俺じゃ駄目だったんだな。
ごめんな役に立たなくて。父上はお前に何もしてやれなかった・・・。

お前を傷つかせてばかりだ・・・。」



私を抱きしめる父上の手が震える。
泣いてはいない。ただ父上は泣かないようにと耐えていた。



人が何かに耐える姿はこんなにも弱弱しくそれでいて心動かされるものなのか?


私は、無意識に父上の手を握っていた。

顔を私から離し私同様に驚いた顔をした父上。
私は父上の手を力強く握り締めた。


「自分を責めないで」


私はそれしか言えなかった。
だって父上を傷付けたのは私だから。
父上は何も悪くない。悪いのは私だけなんだから。


父上はただ寂しそうに瞳を閉じると
私の手を握り返し自分の頬に私の手をあてた。


その時遠くから足音が聞こえた。
この足音は小十郎だな、とすぐにわかった。


父上は私の手を名残惜しそうに離すと、包帯を巻いている私の右目に唇を落とした。


「お前は俺の宝だ。」


そう言うと父上は立ち上がり小十郎とすれ違いざまに部屋を出て行った。


小十郎はすれ違う父上に頭を下げ部屋に入ってきた。



父上に伝えたい事はたくさんある。
だけど、まだ時期じゃない。そのときが来るまで。


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bkm

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