4.結論 「──それは、恋だろうね」 「こい、濃い……」 「恋だよ」 スガタの珍しいボケに重症だなと思いつつため息を吐いた。 「それで、こんなレポートもどきを書かせてどういうつもりだ」 「ちょっと怒ってないか?」 「……」 ベンチに座る謎の男、基ヘッドは目の前で無言の圧力をかけてくるスガタを見て呆れたように笑った。 元々、スガタがヘッドに相談を持ちかけたのがそもそもの発端なのだ。自分はそれに真面目に協力しているというのにお門違いもいいところであるとヘッドは思うが想像以上に彼の虫の居所が悪いようなので黙ることにした。 「こんなレポートを書いても、まだ分からないとしたら君は案外お馬鹿なんじゃないかな」 「……」 無言の怒りを感じつつもこれだけは言わなくてはと思いヘッドは口を開く。 「君は彼女を見て何を感じる?」 「……何が言いたいのかさっぱりわからないんだが」 眉間に皺をよせてそう言い放つスガタにヘッドは思わず笑ってしまう。スガタはそんなヘッドの態度にやはりふざけていたのかと睨みつけた。 「悪い悪い、君があまりに予想外に子供っぽくてつい、ね」 「喧嘩を売っているなら買いますけど」 人間あまりに怒りがマックスに到達すると笑顔になるらしい。だが、流石に美形の笑顔はインパクトが違うねと他人事のようにヘッドは笑っていた。 「君は恋から逃げて、目を逸らしている」 「逃げて、なんて……」 言葉に詰まりつつも言い返そうとするスガタを遮るようにヘッドは淡々と話し続ける。 「恋が怖いのかな、それとも深く関わらない方が楽だと思っているのかな」 「あなたに何が分かる──」 「分からないよ」 そう言い切ったヘッドの視線が自分から離れたことに気付いてスガタは視線の先へと目を向けた。 「──スガタ!」 「タ、クト……?」 走ってきたのか息を切らせているタクトにスガタは目を見開いた。 「何で…、ヒロシはどうしたんだ?」 「そのことで、話があるんだ」 何時になく真面目な表情のタクトにスガタは整った眉を僅かに歪めた。 「聞いて、くれるかな」 「……真剣な顔してどうしたんだ?」 必死に何でもないかのように取り繕った笑顔は彼女にどう映っているだろうか、スガタはそれだけがただ心配だった。 「その、お弁当……作ったんだ」 「──え?」 スガタは予想外のタクトの言葉に思考が止まった。お弁当、お弁当と頭の中で繰り返してやっと理解して益々訳が分からず恥ずかしそうに俯くタクトを見つめていた。 「今朝一応作ったはいいんだけど、あまりにその……食べられそうになかったから」 今目の前にいるタクトはいつものタクトと違って、それはまるで── 「恋する乙女ってやつかな」 「……ニヤニヤしないでもらえます」 すっかり忘れていたが、ちゃっかり座って一連の話を聞いていたらしいヘッドが嫌な笑いを浮かべてこちらを見てきた。それが嫌で睨み付けてそう言うが、ヘッドはどこ吹く風で肩を竦めている。 人の神経を逆撫でするような仕草に眉間に皺を寄せるが、ふと視線を感じて振り向くとタクトが困ったような表情で立ち尽くしていた。 「どうかしたのか、タクト」 「いや、その」 恥じらいを見せるタクトがスガタにはとても新鮮に写り、何故だかドキドキしていた。 「タクト?」 「もしかして、僕……お邪魔だったかなって」 「──え?」 何の話だろうかとスガタは呆然としていたが、タクトは未だ顔を赤らめたままで申し訳なさげに立っていた。 「誰が何の邪魔だって?」 「いや、スガタがその人と仲良さそうに話してたから僕邪魔だったかなって」 スガタの脳内では色んな言葉が駆け巡っていたが、とりあえず誰がタクトにこんな知識を与えたのかという怒りだか疑問だかが湧いてきた。いや、実際には別にそんな知識があって言ってる訳ではない可能性も十二分にあるのだが、スガタにはそんなことを考える暇はなかった。 「いやぁ、参ったねー」 「殴られたいんですか?」 笑いながら頭をかくヘッドにスガタは睨みを利かせた。 そんな二人を見てタクトは益々勘違いを深めていることをスガタは知る由もなかった。 「タクト、こんな所で話もなんだから」 「スガタ?」 とりあえず、ここから早く逃げ出したいスガタは早口にそう言ってタクトの細い腕を掴み、その場から慌てたように立ち去った。 「いってらっしゃい」 ベンチに座ったままヘッドは小さくなっていく二人の背中に手を振った。 スガタから渡されたレポート用紙には彼らしい整った綺麗な字が並んでいる。しかし、そんな整った字は段々と崩れていき最後の方には書き殴ったと言っても良いような字になっていた。 いつも落ち着いていて冷静な彼らしくないその文字たちは彼の心の乱れをそのまま表しているのが手に取るように分かり、ヘッドは込み上げてくる笑いを必死に噛み殺した。 彼はもう気付いただろうか、この心の乱れの理由に 「答え合わせが楽しみだなぁ」 彼女を目の前にした途端、面白いくらい表情を変えていた彼を思い浮かべて目を閉じた。 ーーーーーーーー このヘッドさんは多分タクトのお父様じゃないよ、多分 |