◎はつゆりか様リクエスト
◎超人気アイドルタクトでスガタク


その日スガタは休日をのんびり一人で過ごしていた。天気も良いし、買い物にでも行こうかと思い歩き出した。

休日ということもあり、町はそこそこ人で賑わっていた。
しかし、スガタは少し困っていた――何をしようかと。
思い切って歩き出したもののいざとなるとすることがない。特に必要な物も欲しい物もないことに気付き、呆然とした。
いつもは何だかんだワコや演劇部のメンバーで遊びに行くことが多い――とは言え、一人になるとここまですることが見つからない自分に若干溜め息を吐きながらもぼんやりと嫌みな位青い空を見上げた。
――せめて昼食を食べてから帰ろうかと思い始めた時のことだった。

ドンッ!!

「あ、すみません…!」

曲がり角から慌てて走ってきたらしい帽子を深く被った少年とぶつかった。
少年が尻餅をついてることに気付き、慌てて手を伸ばして引っ張り上げようとするが、少年は何かを探すようにキョロキョロと下を向いたままで気付いていないようだった。

「何か無くしたのか?一緒に探そうか……」
そう言いながら少年のすぐ側にしゃがみ込んで尋ねた。
すると、少年はパッと顔を上げて嬉しそうに笑った。
その笑顔は帽子のせいでよく見えないながらも男ながらにとても可愛くて愛嬌に溢れていた。

しかし、その笑顔を見て妙な違和感に苛まれる。

(どこかで見たような……)
と思い、考えるもののさっぱり思い浮かばずもやもやとしたもので胸が一杯になってしまう。いっそのこと聞いた方が早いかと思い、尋ねることにした。

「あの、君のことどこかで……」
「――おい、こっちに行ったぞっ!!」

スガタの質問は男の大きな声により遮られた。その男はどうやら少年が先程走ってきた方向から来たようだ。

彼の知り合いかと思い、見ると明らかに焦ったように慌てている様子を見て、スガタはとっさにどうするかと頭を巡らせた。


―――
ドタドタと走る数人の男達の足音を聞きながら、細い道に息を潜めていた二人は同時にホッと安堵の溜め息を吐いた。

よく状況も分からないのにとっさに彼を匿うことを選んでしまった自分自身に驚きながらも少年の方へと顔を向けた。

「あの、ありがとうございます。助けてくれて」
「いいよ、とっさにしたことだから。それより歳も同じ位なんだし敬語、やめない?」
「えっと、分かった。ありがとう」

そう言って安心したように笑う様子にホッとしたスガタはふと先程聞こうとしていたことを思い出し、顔を上げて笑っている少年の様子を見てふと頭をよぎった何かに思わず驚きの声を出しそうになった。

「君、もしかして……」
「…――今は、タクトって呼んでくれる?」

あまりに有名過ぎる人物だったことに今更気付き、名前を言おうとしたスガタに少年――タクトは口止めするようにそう言った。

「タクト、か。お忍びってことかな」
「……まぁ、そんなとこかな?」

タクトと話しながらスガタは彼の名前と顔を知らない人は殆どいないと言ってもいいのではないだろうかと考えていた。何せ芸能人に関してさっぱりなスガタですら彼のことは知っていた。
彼のことを簡単に表すとしたら恐らく人気アイドル――という言葉で表すのが一番正しいと思う。
しかし、そんな彼が何故こんな辺鄙な島にお忍びで来たのか、という疑問が出て来る。

――だが、そんなスガタの疑問を遮るようにタクトが話し始めた。

「お願いがあるんだけど、いいかな」
「内容にもよるけど、なんだ?」
「……付き合ってほしいんだ」
「え?」

タクトの言葉を反芻してみるが、スガタの動揺は収まらなかった。唐突過ぎる発言にぼんやりとしているスガタを置いてタクトは話した。

「お忍びに」
「……遊ぶのに付き合ってくれってことかな」

戸惑いながらもそう尋ねると、タクトは嬉しそうに大きく頷いた。


―――
「じゃあ、どこか行きたい所とかある?」
「え、えーと……」

自分から言い出したものの思い付かないのか腕を組んで悩んでいるタクトを見て、スガタはテレビで見る彼より少し幼い様子におかしさと嬉しさに笑ってしまった。
タクトは笑っているスガタに気付き、少し怒ったような表情を見せながらもすぐに笑顔になってスガタの腕を掴んできた。

「じゃあ、スガタのお勧めスポットに案内してくれる?」
「大して観光名所とかないから買い物とかになっちゃうけど」
それでもいい、と言ってスガタの腕を掴んでいるタクトが早く行こうと急かすように引っ張った。

「じゃあ、まずは…――」

―――
「うわあ、映画館とかあるんだ」
「そこまでアレな場所じゃないよ。結構色々揃ってるから、楽しめると思うよ」
「あ、本屋もある!」
「……タクト、そこまで辺鄙な場所じゃないから」

キョロキョロとしているタクトを捕まえて、とりあえずベンチに座らせる。

「ちょっとそこで待ってて」
「スガタ?」

少し置いていくのに不安を感じながらも目的の場所へと向かう。何だか犬を置いて買い物に出掛ける飼い主みたいな気分だ、とスガタは思った。


「お待たせ。はい、これ」
「うわ、これ……」

スガタが手に持って戻ってきた物を見て、タクトは驚いて目を大きく見開いた。
「ソフトクリーム。さっき歩いてる時食べたそうな顔してたから」

歩きながら食べてもいいけど、座って食べる方がいいと思って、と言ってスガタは片手に持っていたソフトクリームをタクトに差し出した。
「スガタ、ありがとう!!でも、よく気付いたね」
「だって、すごく分かりやすく食べたそうな顔してたよ」

そうかな、とまだ納得いっていないような表情でタクトはソフトクリームを食べ始めた。

「まあ、偶にはこういうのもいいかなって思って」
「ん?スガタはあんまり食べないのか」
「進んで食べたいと思って買ったりはしないな」

二人で話しながら食べながらスガタは幼い頃以来食べていなかったな、と思い出して妙に懐かしい気持ちになった。

「おいしかった!スガタ、本当にありがとう。……あ、あとお金――」
「いいよ、この位奢るよ」

でも、と言い淀むタクトを笑って流した。

「あと、タクトにこれ」
「……これ、眼鏡?」
「そう、伊達眼鏡だけどちょっとは変装に役立つかなって。帽子だけじゃばれるかもしれないし。僕のだけど、良ければちょっとの間だけでも掛けてなよ」
「あ、ありがとう。でも、スガタ本当に何から何までありがとな」
「いいんだ、僕自身も楽しんでるんだから」

戸惑っているタクトの手を引いてゆっくりと歩き出した。


―――
「――その、今日は本当にありがとう」
「買い物位しか出来なかったけど、楽しかった?」
「うん、楽しかった!もっと、遊びたかったな……」
「――っ!」

寂しそうに呟いたタクトを見て、スガタはもうタクトと今日のように些細なことで笑いあったり、驚いたりすることが出来ないことを思い出して呆然とした。
こんなに彼を近く感じていたけど、自分とタクトでは世界が違うのだ。今日別れたらもう会うことはないかもしれない。
人の賑わいから少し離れた海の見える道を二人で歩くタクトの夕焼けに染まった横顔を見て、スガタはたった一日しか話していないタクトに対して思っていた以上に不思議な感情を抱いていたことに気付いた。

「タクト、――」
「あっ!!」

悔いのないように勇気を出して伝えようとしたスガタの言葉を遮ったタクトの何かに気付いたような大きな声に何事かと思い、彼の顔を見ると初めて会った時よりももっと慌てたような顔で立っていた。

「……タクト?」
「懐中時計……落としてきたままだ」

懐中時計?とタクトの言葉を反芻して首を傾げて考えていたスガタはふとある場面を思い出し、はっと顔を上げタクトを見た。

「もしかして、それぶつかった時に探してた……」
「……うん、慌ててたからすっかり忘れてた」

タクトの本当に困りきった表情を見て、スガタは決意した。
「タクト、取りに行こう。僕とぶつかった場所に行けばすぐ見つかるよ」
「いいよ、そこまで迷惑かけられない」
「大事な物なんだろ?それに僕のせいでもあるし」
「……ありがとう」

タクトの嬉しそうな顔を見て、スガタはホッとして彼の手を掴んで二人が出会った場所へと向かう。

―――
「確か、ここだったと思うけど……」
「……うーん」

二人で暗くなり始めた道を探すが、意外と見つからずに困り果てていた。
暗くなってきたことに焦りを感じながらもスガタはふと顔を上げた時、きらりと何かが光るのが見えた。
「もしかして、……」
「スガタ?」

光っていた場所に近付いてしゃがみ込むと見事に当たりだった。丁度死角になっていたようだ。

「良かった……!ありがとう、スガタ」
「見つかって良かったよ」

見つかったことに安心して二人で笑っていた。
しかし、スガタは日が沈み始めたことに気付き、そっと目を伏せた。

「そろそろ時間かな……タクト」
「うん、スガタ今日は本当にありがとう。本当に楽しかった」

嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに言うタクトを見て、抱きしめてあげたいと思い、思わず手を伸ばそうとした時のことだった。

「やっと見つけましたよ、帰りましょう」
「あっ、やばい!」

黒い服を着た男はどうやら最初に会った時追いかけてきていた男のようだ。
タクトももう逃げる気はないようだが、男はそれでも容赦なくタクトをがっしりと捕まえて歩き出す。
あっという間に連れて行かれてしまうタクトにスガタは慌てて声を上げた。

「タクト!また、今日みたいに……」

そこまで言ってスガタは言い淀んでしまう。これを言って否定されてしまったら、という気持ちが急に出てきて言えなくなってしまう。
そんなスガタの様子を米俵のように担がれているタクトが気付いて、大きな声で言った。

「大丈夫!きっとまた会えるよ、約束する」

自信満々な笑顔と大きく振られる手に言いたかったのに言えなかったことや複雑な気持ちなんてどうでもよくなってしまっていた。

「きっとまた会える、か……」

そう一人呟いて、ふと何かを忘れていることに気付きはっと顔を上げる。

「眼鏡、返してもらってないな……」

そんな抜けた所も彼らしくて笑ってしまう。そして、そんな彼にあっという間に惹かれていた自分に驚いた。

「次、会ったら返してもらわなきゃな」

いつ会えるか分からない相手に思いを馳せてスガタは静かに微笑んだ。


*****

「おはよう、スガタくん」
「おはよう、ワコ」

休み明けの騒々しい教室に入ってきたスガタにワコはいつものように挨拶をする。そして、スガタもいつものように挨拶を返して席に着く筈だった。
しかし、挨拶を返されたワコはスガタの方を見て驚いたように目を見開いていた。

「ワコ、どうかした?」
「えっと、何か今日のスガタくんいつもより楽しそうに見えて……何かあった?」

他の人間は気付きもしないだろう変化に気付いたらしいワコは不思議そうに首を傾げてスガタに尋ねた。

「面白い出会いがあってね」
「へぇ、珍しいね。スガタくんがそんなこと言うなんて」

私も会いたかったな、と拗ねたように口を尖らせたワコを見てきっと彼女とも気が合うだろうなと思いながら微笑んだ。
そんな話をしていると、担任教師が扉を開け入ってきた為慌てて席に着いた。

「おはよう、急なことなんだけどビッグニュースがあります」

楽しそうに笑っている教師にクラスの殆どがざわめき出す。
「はい、入ってきて」
そんな教師の声に返事をして入ってきたのはとても見覚えのある人物だった。

「ツナシ・タクトです。よろしく!」

そんな明るい転校生――人気アイドルの登場に一瞬皆呆然として、すぐにクラス中が沸き立った。

タクトについて驚きの言葉や黄色い声が上がる騒がしい教室の中でスガタは未だに呆然とただタクトのことを穴が開きそうな程見つめていた。
頭の中では何故、どうしてという言葉とそれ以上に嬉しいという気持ちが込み上がってきて抑えきれなくなりそうだった。
そんなスガタを置いてタクトの席は決められていたらしい。そして、タクトの席が自分の前だと気付き更に驚きパッと顔を上げるとタクトが嬉しそうに微笑んだ。

「これ、ありがとう」
そう言って差し出された手にはあの時の眼鏡があった。それを受け取り、スガタは本当にタクトなのだと実感して嬉しくなった。

「な?また、会えただろ」
「本当に面白いね、びっくりした」

タクトは悪戯が成功した子供のように笑った。


「ようこそ。南十字学園へ、タクト」




―――――――――
あとがき
タクトが本名で芸名は他にあるという設定で書いたのですが、あまり意味が…

人気アイドルタクトくん難しいですね……(´・ω・`)




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