※優しい人魚の続き
◎スガタク
◎人魚姫パロ?



その日、タクトを自宅に招待したスガタは食事の時間まで彼に近くを散歩でもしないかと誘い出した。
静かな時間――続く沈黙もスガタには何故かとても心地よかった。
そうして歩いていく内に隣のタクトの異変に気付いた。

「タクト?」

スガタの呼び声にタクトは反応せず、どこか遠くを見ている。 タクトの視線の先は美しい色をした海だった。
ただ海を悲しそうに懐かしそうに見つめているタクトを見てスガタは急に恐ろしくなった――タクトがいなくなってしまうような気がして

「――いつかタクトの声は戻るのかな」

そんなことを考えている自分から目を逸らすようにタクトに問い掛けた。
タクトはスガタの質問にただ困ったように微笑んだ。

「変な話かもしれないけどよく考えるんだ、タクトの声ってどんな声なんだろうって」

スガタは自分で言いながら恥ずかしくなってきてタクトの目から逃げるように顔を逸らす。
だが、タクトは無邪気にスガタの顔を覗き込んできて、スガタの照れた様子に気付き本当に楽しそうに笑った。
スガタは顔を見られてしまい、少し気まずい気持ちになりながらもそんなタクトの満面の笑みを見てやっぱり散歩に連れ出して良かったと心から思った。

「もしタクトの声が出るようになったら僕が一番最初に聴きたい」

ふと思い付いたことを口から出すとタクトが急に固まった。
「タクト?大丈夫…――っ」

何かと思い、タクトの顔を見ると

「――っ!」

タクトは先程のスガタ以上に顔どころか耳まで真っ赤にして目を見開いて立ち止まっていた。
スガタにはそんなタクトが可愛らしく見えたが、それよりもおかしさに抑えようのない笑いが零れ落ちてしまう。
タクトはそんなスガタを見てムッとしたような表情で上目遣いに睨んだ。

「さっきタクトも笑ったから、お互い様だろ?」

タクトはスガタの言葉に納得いかなそうな顔をしたが、スッと近付き、手を取りいつものように掌に文字を書く。

「……?」

急にどうしたのだろうと思いながらも掌に意識を集中させる。いつもよりずっと短い言葉を丁寧に書く。


(…キザ)

「思ったことを言っただけだよ」

そういうと更に責めるような目で見つめてくるタクトにスガタは苦笑いした。
タクトと過ごす時間は静かで温かくて心地よかった。

「ずっとこうして一緒にいたいな」

そんなスガタの一言でタクトは急にスガタから少し距離を置き背を向けた。

「タクト?」

慌ててスガタは彼の肩に手を掴み問い掛けるが、タクトは振り向かずただ俯いていた。

(さっき海を見ていた時と同じだ)

タクト、ともう一度声を掛けようと口を開いたスガタを止めるように急に振り向いたタクトはスガタの服の裾を引き、帰り道へと歩き出す。
「……分かった、そろそろ行こうか」

タクトの様子に不安を抱きながらも必死に服の裾を掴み、訴えかけてくる瞳に根負けして2人で来た道を戻ることにした。


****
「じゃあ、ここが寝室だから……おやすみ」

食事を終え、スガタはタクトに寝室を案内してから自分の部屋へ戻った。

1人になりスガタはベッドに横になってぼんやりと今日の様子のおかしかったタクトを思い出す。

(タクトはどうして……)

いつもと明らかに違うタクトの様子にどうしても違和感が拭いきれずにもやもやとしたものがスガタの中で渦巻いていた。
しかし、今これ以上考えても分からないだろう、明日タクトともっとしっかり話をしよう…そうすればきっと何かが分かるだろう――そう思うことで今だけでも無理矢理自分を納得させることにしてスガタは寝室の電気を消して眠りにつくことにした。


―――
眠っていたスガタは人の気配に気付き目を覚ました。

(侵入者、…まさか)
と思いながらも暗い室内で相手にバレないよう気配を探った。
その人物はベッドを近付き、スガタの上に跨った。まさか、という思いがスガタの中で駆け巡った。自分の体の上に跨り見下ろしてくる人物は暗闇の中でも分かってしまう程に見覚えのある人物だった。

「……タクト?」

思わずスガタは彼の名前を呼ぶが、タクトはただスガタを冷たく悲しい瞳で見つめていた。
タクトのその瞳には殺意はなかった。ただ悲しげな色で見つめてくる。

しかし、そんな瞳をしているタクトの手には確かに光る物があった――ナイフだ。
銀色に輝くそれを手にしているタクトを見てスガタは彼の手で自分は殺されるのだろうかと妙に冷静に考えていた。しかも、彼にならいいかもしれないとすら思っている自分に気付き、呆然とした。

「タクト、僕はもしかしたら……」


タクトはスガタの声に目を見開き、辛そうに顔を歪めてベッから静かに下りた。そして、スガタのことを見つめた後床を睨み付けるように俯いた。
そして、スガタに向かって何か言いたそうに口をパクパクと開くが、声は出ずにただ息が零れた。
ベッドから下りたタクトはそのまま立ち去ってしまった。

「……僕は、」

何も言えなかった。ナイフを何故持っているのか、自分を殺したいのかとも何も。部屋から立ち去るタクトを追い掛けることも出来ずにぼんやりとした意識の中でスガタは何故こんなことになってしまったのだろうと考えた。
タクトは自分を憎んでいるのか、憎んでいるとしたら――それでも僕は彼を……?

まだ、朝日は昇らない暗い部屋でタクト太陽のような笑顔を思い出して何も言えずただうずくまった。

―――
「スガタ坊ちゃま、お目覚めですか?」

タイガーの声で目を覚ましたスガタはいつの間にか眠っていた自分に驚きながらも起き上がって時計を見る。いつもと同じ時間、いつもと同じ朝だった。

「あ、坊ちゃまにこんな書き置きが置いてありましたが」
「書き置き?」
「はい、どうぞ」

そう言って手渡された紙を見るともう何度となく見たことのある字で書かれていた。

『昨日はごめん。寮に今日使う教科書置いてきたから先に行く……直接謝れなくてごめん、ありがとう』

走り書きではなく丁寧に書かれた字を何度も読み返してスガタは嫌な予感に苛まれた。
しかし、とりあえず学園に行けば会えるだろうと気を取り直してスガタは心を落ち着けた。
心中の不安や疑問を覆い隠すように溜め息を吐いた。


――――
しかし、教室に着いてもタクトの姿はなかった。

「タクトくんどうしたのかな……」

ワコの心配そうな声が更にスガタの不安を煽った。しかし、担任の教師が入ってきたので仕方なく席に着こうとした時――扉を開ける音と共に人が入ってくる。 スガタはタクトかと思い、後ろを振り向くとサリナが珍しく慌てたような顔で立っていた。
予想が外れて驚きながらもどうかしたのか聞こうとしたスガタに向かって彼女は遮るように腕を掴み、立ち上がらせる。
「部長?」
「先生!少しスガタくん借りていきます」

という言葉と共にサリナはスガタの腕を掴んだまま教室を出て走り出す。
教室は廊下からでも聞こえる程にざわめきたち、教師の戸惑いながらも何か叫んでいた。

「急にどうしたんですか、一体何が……」
「タクトくんどこにいるか知ってる?」

スガタは戸惑いながらもサリナに問い掛けるが、更に質問が返ってくる。

「……わかりません、登校していると思っていたらいなくて」
「じゃあ、捜してきて」
「放課後じゃ駄目、なんですね」

真剣なサリナの目に何かを感じたスガタはそういった。

「すぐ見つけないと駄目だし、私でもワコでもなくスガタくんが助けないといけない」
「どういうことですか?」
「……はっきりとは言えないけど」

言い淀んで少し俯いたが、何かを決意したようにスガタを見て微笑んだ。

「ヒントをあげるよ」
そう言った彼女はふざけている訳でも楽しんでいる訳でもないようだった。これが最善の方法だと確信したようだった。
「スガタくんは人魚姫って知ってる?」
「知ってますけど、それが一体……」
「これがヒント。人魚姫はどんな話でしょうか」

サリナの言葉を聞いてスガタは昔聞いた話を思い出していた。子供の頃に聞いた記憶に残っているその話、悲劇の物語を
「人魚姫は――」

頭を巡ったその物語の最後を思い出した瞬間スガタは既に走り出していた。

「やっぱり2人の悲劇は見たくない、かな」

―――
スガタは学園を出て走りながらタクトのことを考えていた。
話せないながらもいつも楽しそうに笑っていたタクトの温かな笑顔やあの夜ナイフを持ちながらも何もせずに去っていった時の悲しく辛そうな表情を思い出す。そして、そんなタクトといることが気付いた時には楽しくて仕方なくなっていた。一緒に過ごす時間に歓びを感じていた自分に今更気付いた。

気付くとスガタは自然に初めてタクトと出会った海岸へと足を運んでいた。
そこには何度も思い描いた赤い髪をした少年が静かに立っていた。

「タクト!!」
「…――っ!」

タクトはスガタの声に驚いたように顔を上げた。
そんなタクトを見て静かに近付いたスガタはやっと安心したように微笑んだ。

「心配、した。すごく」
若干肩を揺らして乱れた呼吸を整えた。だが、タクトはちらっとこちらを一回見たきり海ばかり見つめている。

「……部長から聞いたんだけど、タクトはもしかして――」

続けようとした言葉はタクトの視線と口に当てられた人差し指で止められてしまう。

そして、タクトはふとその場にしゃがみ込んだ。それにつられるようにスガタもしゃがみ込む。
タクトは砂浜に、近くに落ちていたらしい木の枝で文字を書いていく。

『ただ帰るだけだから』
「帰るって……それはっ!」

感情を露わにするスガタにタクトはただ首を横に振ってまた字を書いた。

『僕のことは忘れればいい』

そう書いたタクトは立ち上がった。タクトの書いた文字はすぐに波で消されてしまう。
それを見たスガタも立ち上がり、タクトの背中を見つめた。
「忘れられるような存在だったら、こんな所に授業サボってまで来たりしないよ」
「……」

タクトの背中をただ見つめて話し続けた。走っている時ずっと考えていたことや想いを。

「僕はタクトのことが好きだ…――だから、」

「ここにいてくれないか」

そう言った瞬間に驚いたように振り向いたタクトを強く抱き締めた。
苦しそうにしているタクトに気付き、放すと戸惑ったように顔を赤くしているタクトにスガタは不安になり、顔を覗き込んで尋ねた。

「タクトは人魚な――」

スガタの言葉は再びタクトによって止められた――しかしそれは、指でも視線でもなくタクトの唇によってだった。
タクトからキスされたという驚いているとすぐにタクトは離れていった。

「タ、タクト……」
「もう只の人間だよ」

悪戯に成功した子供のように微笑んだタクトの頬が若干赤らんでいることに気付き、スガタも微笑んだ。

「でも、スガタが言う通り僕の声聞くの君が初めてになっちゃったね」
「本当だ」

心地良い風を浴びて笑う。そこでスガタが急に何かを思い出したように立ち上がった。

「スガタ?」
「忘れてた」
「何を」
「……授業」

珍しく慌てたように青い顔をしたスガタを見て、タクトは妙におかしくなってしまって大きな声で笑い出した。

「笑うなよ。ほら、戻ろう」
「うん、ありがとう」
タクトはスガタの珍しい様子が見れたことが嬉しくて仕方ないようで笑っていた。
2人は静かに歩き出した。




―――――――――
あとがき

人魚姫の話を題材にしてるけどあまり引き立っていない話に。書けば書く程悪化してる感が



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