※声が出ないタクトでスガタクです スガタとワコは昨夜海岸で倒れていた少年が目を覚ましたと聞き、安心して寝室を訪れた。 「それにしても無事で良かったよ」 「見つけた時は本当にびっくりしたよ」 ベッドに腰掛けている少年に2人は少しでも緊張を和らげようと明るく声を掛けるが、少年は困ったような顔で佇んでいる。 「ごめん、まだ名乗ってなかったね、僕はシンドウ・スガタ。で、こっちはアゲマキ・ワコ」 「よろしくね」 スガタに続いてワコも若干少年の反応に戸惑いながらも笑顔でそう言った。 ――しかし、 少年は困ったように周りをキョロキョロと見回している。 その様子に戸惑いながらもスガタは少年に声を掛ける。 「失礼だけど、君の名前は?」 スガタの言葉に少年はただ首を横に振る。 「記憶喪失?」 という言葉にもただ首を横に振る。 スガタとワコはその様子に顔を見合わせた。 そんな2人を見た少年は慌てたように口をパクパクと動かす――が、口からは声は出ずにただ息が漏れるのみだ。 それを見たワコが何かに気付き、目を見開いた。 「君、もしかして声が…!」 そのワコの言葉に少年はゆっくりと頷いた。 「じゃあ、何か書く物を……」 というスガタの言葉に気付き、少年はベッドから立ち上がり、スガタの近くへ歩いてくる。 何かと思い、スガタは目の前の少年に目を向けると、少年はスガタの手を取った。 そして、そのスガタの掌に自分の人差し指を使い、何かを書こうとする。 「名前を書いてくれるのかな」 というと少年は嬉しそうに頷いた。 丁寧に一文字ずつ書いていかれる字を心の中で読んでいく。あまりに丁寧に書くので少し擽ったいような恥ずかしいような気持ちになりながらもスガタはただ掌に神経を集中させた。 「ツナシ…、タクト?」 少年――タクトはスガタの言葉に本当に嬉しそうに笑って頷いた。 その笑顔が可愛く見える自分に驚きながらもスガタは静かに微笑み返した。 まだ、名前を聞いただけでまともに話していない、よく知らない相手な筈なのに不思議ともう既に何十回と会話したような気持ちになっている自分自身にスガタは戸惑った。 しかし、そんな気持ちもタクトの本当に嬉しそうな笑顔でまぁ、いいかという気持ちになってしまう。 思い返せば、この時からこの話は始まっていたのか、それとも―― * * * 「その子がツナシ・タクトくん?」 「はい」 スガタは放課後にタクトを誘い、部室へと連れて行った。 そこには部長であるサリナとワコの姿があった。 サリナはタクトを見てスガタに楽しそうに問い掛けた。 その様子にタクトだけは状況を掴めずに首を傾げている。 「あぁ、タクト紹介するよ。エンドウ・サリナ先輩、この演劇部の部長なんだ」 そのスガタの言葉に感心したように聞いていたタクトは慌ててサリナの方へ体を向けて頭を下げた。そんなタクトの様子を実に楽しげに見つめていたサリナも挨拶をした。 「よろしくね、タクトくん」 話せないタクトは精一杯人に気持ちを伝えようとする為か表情で表現する。 今も嬉しそうに大きく頷いている。スガタはタクトのそういう所が気に入っていた。人に感情を素直に表現する、それは自分にはないものだから。 「よし、美少年が増えたことだし!張り切っちゃおうか」 「今度はどんな劇にするんですか」 「それはお楽しみかな」 ワコとサリナの会話を聞いていたタクトがふと不安そうな表情をしていることに気付いたスガタはタクトの肩に手を起き、話し掛ける。 「タクト、どうかしたのか?」 タクトはスガタを見て眉を下げて困ったような表情をして、伏し目がちになる。 そして、スガタの手を取り、あの時と同じように掌に文字を書いていく。 基本的に書く物がないとタクトはいつもこうして言葉を伝えてきた。筆談より時間の掛かる方法だが、スガタはこの方法が不思議と好きだった。 タクトの言葉が自分の体を通した伝わる感覚はまるでタクト自身の声を聴いているようだと感じる。 (台詞言えないよ) タクトが出来るだけ正確に短く言葉を伝える。 「部長は知ってるし、大丈夫」 スガタの言葉に不安そうにタクトは俯いた。 「何より僕がタクトと一緒にいたいんだけど……駄目かな」 俯いていたタクトが顔を上げてそっと窺うようにスガタの顔を見た。 「劇に出なくてもいい。でも、部活を一緒にしたいなんて我が儘だけど」 スガタは苦笑いして、その様子を見たタクトは顔を赤くして照れながらも嬉しそうに微笑んだ。 * * * 2人の様子をワコと話しながらもみていたサリナはふと微笑んだ。 「部長?」 「あぁ、ごめんねワコ」 話の途中だったことを思い出し、話し相手であるワコに謝る。 「ところで、タクトくんは知ってるの?」 「え、何をですか?」 サリナの唐突な言葉にワコは驚きながらも問い返す。 「ワコがスガタくんの婚約者だってこと」 「知ってるみたいですよ。誰かから聞いたみたいで」 ふーん、と自分から聞いたにも関わらず興味の無さそうな相槌を打つサリナにワコは頬を膨らませて少し怒ったような表情を見せる。 「ごめんごめん。で、ワコはタクトくんのことどう思ってるのかなー?」 「もう、からかわないで下さいよ!」 そう怒ったワコだが、真剣なサリナの顔を見てタクトを見つめて考える。 「不思議な子だなって思います。今まで会った人の誰とも違う、上手く言えないんですけど」 「……そっか」 目を閉じて聞いていたサリナはそれを聞き、満足そうに笑った。 * * * スガタとワコの2人と別れた後サリナとタクトもそれぞれ帰途につこうとしていた。 心地良い静かな沈黙に浸りながら歩いているとサリナがふと立ち止まり、タクトに振り向いた。 「タクトくんは今幸せ?」 「……?」 タクトは不思議そうに首を傾げてサリナを見るもののサリナはそれを気にする様子もなく話し続ける。 「タクトくんは足を貰った代わりに声を取られちゃったのかな」 「……」 「だとしたら早く王子様と結ばれなくっちゃね」 「――っ!」 「……泡になる前に」 サリナはタクトの様子を気にすることもなく、ただ淡々と話し続ける。 「タクトくんは、幸せなの?」 タクトの赤い瞳を見つめてサリナは訊ねる。 タクトはただ困ったように眉をハの字にしながらも微笑んだ。 それがタクトの答えだった。 「私は悲劇を見るのも嫌いじゃないけど、――タクトくん達は」 段々と強くなる言葉。しかし、本当に伝えたかった言葉はタクトに止められてしまう。 口に人差し指を当てて子供に言い聞かせるような仕草をする。タクトは笑っていた。本当に嬉しそうに、幸せそうに。 「タクトくんは、」 「……」 「……何でもない。じゃあ、また明日」 タクトに背を向け、サリナは歩き出す。タクトの視線を感じながらもただ下を向いて歩いた。 「タクトくんは、」 「いつか消えちゃうのかな」 もっと我が儘でいいのに、と心の中のタクトの背中に呟いた。 優しい人魚 ――――――――― あとがき 人魚姫の話をふと思い出して書いてみたけど記憶が曖昧過ぎてアレですね… 部長のキャラが… |