授業が終わり、次の授業は何だったかと思いながら疲れに机でぐったりとしていたタクトの耳に、この席になって嫌という程聞いた音がした。 コンコン この音の後にはお決まりのようにある言葉が続くことはもう十分過ぎる程分かってしまった。 「君、ガラス越しアリな人?」 (やっぱり、というかまたかというか……) 後ろの席にいる人妻女子高生の姿を思い浮かべ、男子生徒が人妻と知りながらも惹かれる気持ちも分かるが、しかし――と妙な葛藤に苛まれ更に机に突っ伏した。 「タクトくん」 後ろからの声に慌てて顔を上げ振り向くと嫌に楽しそうに微笑んでいるカナコの姿があった。 「え?」 てっきりいつものように即答し、キスしているものと勝手に思っていたタクトは首を傾げた。 綺麗な指でスッと指した先に目線をもっていくと 「アリな人?」 と言いながらガラス越しに立っている男子生徒――ここまでは散々見覚えのある光景だ ――しかし、 「すごいわね、あっという間に人気者ね、タクトくん」 楽しくて仕方ないという表情のカナコを見てタクトは更に絶望した。 「な、なんで僕のところにまで」 「あら、窓際に好みの子がいたら声を掛けるのが紳士の嗜みよ」 好み云々以前の問題があるというツッコミすら出来ず、呆然としているタクトに流石に哀れに思ったのか、カナコが助け舟を出す。 「嫌だったら断ればいいのよ」 その一言でやっと正気に戻ったタクトはカナコの言葉に従い、慌てて男子生徒にお断りの旨を伝えた。 「た、助かった……」 「あら、本当にウブなのね」 顔を赤くしたり青くしたりしていたタクトを思い出し、微笑みながらからかった。 「笑い事じゃないって、大体なんでわざわざ僕に」 本当に参った声で言うタクトにカナコは彼はこんなに周りに注目されているのに気付いていないことに愉快を通り越し哀れにすら思った。 * * * 「そう言えばタクトくんガラス越しのキス断ったんだって?」 演劇部の部員で集まり談笑をしていた時にその爆弾はサリナの口から投下された。 「ぶ、部長が何でそれを……」 「ほほう、つまり本当だってことですか」 眼鏡をくいっと上げながら迫ってくるジャガーに体を後退させながらも自分の失言を早速突かれてしまい、慌てて誤魔化そうとするが 「タクトくんに迫った子が断られたって結構言ってたから三年の間じゃ割と有名だよ」 「有名って…」 サリナのあっけらかんとした言葉にやや呆然としながらも苦笑いしていると――スガタと目があった。 「あ、いやあれは…その……」 妙に口ごもりながらも必死に手と首を横に振り、何かを否定する。 そんなタクトの様子を見てスガタは実に楽しそうに笑い、それに釣られて隣にいるワコも笑ってしまう。 そんな2人の様子を横で見ていたタクトは何故か複雑な気持ちになってしまい、ムッと顔をしかめた。 しかし、そんなタクトのいつもより幼さが窺える表情に他の部員達も微笑んだり、ニヤニヤしながら眼鏡を光らせたりとそれぞれ反応する。 「まあ、タクトくんってかわいいし色々気を付けた方がいいかもね」 「色々って……」 サリナの言葉にがっくりとうなだれて溜め息を吐いたタクトの姿を見ていたワコは何やら考え込むように腕を組んだ。 「色々……タクトくんが、」 (男の先輩にあんなことやこんなことを…――っ!) もやもやと浮かぶ想像――という名の妄想にハッとして顔を上げると 「いつもながらワコ様の妄想最高です!」 「まぁ、ワコならそうなると思ってたけどね」 (だから、何で分かるの……) いつもと変わらぬの光景にスガタは思わず笑ってしまうが、タクトはよく分からなかったらしく不思議そうに首を傾げた。 「まあ、ワコじゃないけど気を付けた方がいいと僕も思うよ」 「スガタ?」 笑いを引っ込めて急に真剣な顔でそう言うスガタに少しドキッとしながらもスガタの目を見る。 「でも、演劇部に入ったことで少しは前よりは危険じゃないと思うよ」 「え、そうなのか?」 「男女問わず演劇部の部員に近付くのはかなり勇気がいるらしいから」 何とも理解しがたい話にやや呆然としながらもタクトは相槌を打った。 「それでも心配なようなら……」 「スガタ……?」 隣で小さな声で呟いたスガタにタクトは顔を近付け、もう一度聞こうと思った時、 「だ、大丈夫!もしもの時は私すぐに助けに行くからね!!タクトくん」 散々妄想についてサリナ達にからかわれていたワコが急に思い付いたようにタクトにそんな声を掛けた。 それに驚いたタクトは慌ててスガタから離れ、ワコの方へ体ごと向き大きく首を横に振りながら苦笑いした。 「自分の身位は守れるって」「えー、でも案外タクトくんって抜けてるとこあるから」 「そ、そんなことないよ!」 疑わしそうに口を尖らせて言うワコにタクトは必死で否定しているが、そんなところが更に心配を煽るらしく心配そうに覗き込んでいる。 いつもと同じ光景――それにタクトという人物が加わったことが思った以上に自然でスガタにはそれが逆に不自然な位に見えた。 しかし、不自然だと思うスガタ自身タクトの存在を不快には思わなかった――寧ろその逆だと言っていいだろう。 (――ツナシ・タクト、か) タクトへの最初に感じた疑問や謎は未だ消えてなどいない。最初にタクトと話した時から深く関わる気はなかった筈だ。 只の同級生の1人であるべきだと思っていた筈だったのに 「あの時僕は何を言おうとしていたのかな」 「坊ちゃま?」 微かな独り言に反応したジャガーにスガタは何でもないと笑って応えた。 気付いた時にはもう遅かった 僕は彼に ―――― あとがき ガラス越しのキスするスガタク書きたかった筈なのに…あれ? |