▽カタシロ+ショタクト
※パラレル





「──こんにちは」
「……」

その人はいつも僕がいる砂浜に一人で立っていた。話しかける気はなかった、その人の後ろ姿が何故か自分に似ているように見えて嫌だったから。
しかし、その人は僕に気付くと知り合いのような気軽さで片手を挙げて挨拶してきた。だが、その仕草はやけに不似合いで不自然に見えた。
僕は知らない人なので答えなかった。
悪い子と思われるかもしれないけど、じぃちゃんにはいつも言い聞かされていたことだからきっと怒られないだろう。

でも、何故かその人の様子が気になって隣に並んで表情を覗き込んでしまった。見なければ良かった、そう思った。
その人はとても寂しそうな表情で海を見つめていた。自分がこんな表情をさせているのかと思うと、何て酷いことをしてしまったのだろうと後悔の念に襲われた。

「……おじさんはここで何してるの」

言葉に悩みやっと思い付いた言葉を恐る恐る口にすると、その人は驚いたように目を見開いた。片方の目が見えないことが少し不思議だったけど、きっと聞いちゃいけないのだと思い口にはしなかった。
その時の僕は今まで生きた中で多分一番言葉を選んでいた。その人を傷付けることがとても怖かったのだ。

「海を、見ていたんだ」
「──海?」

海には水しかないよ、と僕が言うとその人はそうだなと言いながらもやはりただ青く広がる海を見つめていた。
そして、誤魔化すように小さく笑っていた。

「君の話を聞きたいな」
「僕の話?」
「ああ」

僕はその人の話を聞いてみたかったのだけど、頼まれたなら仕方ないと自分よりずっと高い位置にある顔を見つめてくだらないことをただ話し続けた。


「何でおじさんは僕の話聞いてくれるの」
「話してくれてるんだから聞くのは当たり前だろう?」

僕が延々と本当にくだらないことを話してもその人は止めることなく時に楽しそうに笑いながら聞いてくれた。
僕にはそれがとても不思議だった。

「僕の話、こんな風に聞いてくれるのなんてじいちゃんしかいなかったよ」

「……それは」

不思議だったけど、それ以上に僕は嬉しかった。だって、家族であるじいちゃん以外で僕の話を聞いてくれる人なんていなかった。
みんな僕をただ遠巻きに見る、それが何故かはわからないからこそ怖かった。人がたくさんいる所は嫌いだった。

「おじさん?」

ふと何も言わないその人を見上げると辛そうに顔を歪めていた。どこか痛いのだろうか、と視線を移すと強く握り締められた手が見えた。
自分の手よりずっと大きいその手を見て、とっさに僕は手を伸ばしていた。

「──っ!」

「大丈夫?」

手に触れるとその人は驚いたようにすぐ手を開いた。手のひらを見てみて傷がないことにホッとしていると視線を感じて顔を上げた。

「おじさん、痛いの?」
「いや、何でもないんだ……ありがとう」

何故感謝されるのだろう、感謝したいのは自分の方なのに。ただ、触れていた手をそのまま繋ぐようにしていたら怒られるだろうかとぼんやりと考えていた。

「──ありがとう」

「変なの」


気付くと少し触れていただけの手はとても大きくて温かな手に包み込まれていた。その温もりを離したくないと一瞬思ってしまって唇を噛み締めた。
この温もりが幸せなんだろうか。密かに離そうと思っていた手を優しく握り返した。









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