▽スガタク 生徒の声で溢れかえった教室でタクトは自然と目立つ青を目で追っていた。 同級生たちに囲まれて笑っているスガタを見て、タクトは静かに目線を窓の外へと移した。 「タクトくんは好きな人が誰かと一緒にいるだけで嫉妬してしまったりする?」 「――えっ?」 心の中を読まれたようでタクトは心臓に悪い思いをした。後ろから独り言のように聞こえてくるカナコの声にはなれていたつもりだったのだが、まだそうでもなかったようだとタクトは苦笑いしつつ思った。 「浮気されてたら私は悲しいというよりも悔しいのだけど」 ――あなたは?と問いかけるようなカナコの声にタクトは渋々振り向いた。 「悔しいって何で?」 「だって私に魅力がないみたいじゃない」 そう魅力的な笑顔で言う彼女はいつも自信に満ち溢れているように見えるが、そんなこともないのだろうかとタクトは思った。 「タクトくんはスガタくんが誰かと話しているのを見てどう思うのかしら」 油断していたタクトはそんなカナコの問いに驚いてすごい音をたてて立ち上がった。 「な、何で……そこで」 立ち上がってカナコにわなわなと真っ赤になって震えながら弁解しようとしていたタクトを窘めるようにカナコは周囲に目をやった。 そこでタクトはやっと周りに注目されているらしいことに気付き、慌てて席について周りに聞こえないように小声で話し始める。 「何でそこでスガタ?」 「あら、だってスガタくんと付き合ってるんでしょう」 否定の言葉を必死に伝えるが、タクトはどんどん自分の顔が赤くなっていくことで事実と認めているようなものだと気付いて肩を落とした。カナコは逆に不思議そうにそんなタクトを見つめるばかりだった。 「でもね、前も言ったけれど浮気されたら浮気仕返すというのも――」 「――タクト、ちょっといい?」 カナコの話を呆れ半分で聞いていたタクトは突然降ってきた今一番聞きたかった声にタクトは顔を上げた。 「――スガタっ!」 「ごめん、ちょっとタクト連れて行っていいかな」 タクトが飼い主に呼ばれた犬のように立ち上がって嬉しそうにしている中、スガタは冷静に貼り付けたような笑顔でカナコにそう言った。 「あら、残念」 もっとお話したかったのに、と少し子供のような拗ねた表情でカナコは口を尖らせた。 そして、そのままスガタに手を引かれて教室を出て行くタクトの背中を見つめて小さく微笑んだ。 「ラブラブね」 「……楽しそうですね」 シモーヌの少し呆れたような言葉にカナコは更に楽しげに小首を傾げて微笑んだ。 「スガタ!……スガタ!」 「何?」 それはこっちの台詞だという言葉を我慢してタクトは手を掴んだままこちらを見ようとしないスガタに話しかけた。 「急にどうしたんだよ」 「――分からない?」 そう言ってやっと振り向いたスガタの瞳を見てタクトは息を飲んだ。 金色の瞳が獣のようにギラギラとした輝きを含んでいた、そんなスガタを見たのは初めてでタクトは言葉に詰まってしまう。 「よく分からないんだ、僕にも」 「え、スガタ?」 急にスガタが困ったような途方に暮れた子供のような表情になっていた。タクトもそんなスガタに戸惑っていると、スガタはゆっくりと話し始める。 「タクトが他の誰かと話してるだけでもやもやする。自分勝手だと思われるだろうけど、誰とも話さないで欲しいとすら思ってる」 言いたかったことを言えて少し安心したのか、それだけ言ってスガタは小さくごめんと謝った。 タクトはぼんやりと手を掴まれたまま聞いていたが、スガタの話をそこまで聞いて堪えきれずに吹き出して笑ってしまった。 「……タクト?」 何笑ってるんだと言わんばかりのスガタの睨みにタクトは笑いを抑えようとするが、抑えきれず更に腹を抱えるように笑っている。 そんなタクトにこっちがこんなに悩んでいるのにという思いでスガタは空いている手でデコピンしてやると、やっとタクトは静かになった。 「地味に痛いって」 「人の悩みを盛大に笑った罰だろ」 多少笑ったことに悪かったという思いがあるのか、タクトはそう言うと押し黙った。 「で、何で笑ったんだ……理由によってはデコピンじゃ済まないぞ」 「そんな怖い顔するなって、……ただスガタにも分からないことってあるんだなって思ったらつい、ね」 スガタにデコピンされた場所を撫でながら、タクトはまた少し笑っていた。 スガタはタクトの言っている言葉の意味が分からずただ聞いていた。 「だって、スガタのそれって――」 「嫉妬、だろ?」 「嫉妬」 「そう、嫉妬」 言われた言葉をスムーズに飲み込めず、スガタは言い聞かせるように小さく呟いた。 言われてみれば所謂嫉妬と世間的に呼ばれる感情や行動だ。スガタは自分の行動を思い返し納得した。しかし、納得はしたが得意気なタクトの表情が癪でもう一回デコピンしてやった。 「何で、もう一回!?」 「……さぁ、な」 涙目で抗議するタクトにそっぽを向いてスガタは受け流した。 「でも、スガタが嫉妬かぁ」 「それ以上言ったら殴るぞ」 睨み付けてやると冷や汗を流して体を引いたタクトは必死に言い訳するように話し始める。 「いや、嬉しくてさ……僕だけだと思ってたから」 タクトのその言葉を聞いて、スガタは少し目を見開いた。 「つまり、タクトも嫉妬してたのか」 「え、いや……まぁ、そうかな」 しどろもどろなタクトの様子にスガタはふっと小さく笑った。すると、恥ずかしくなってきたのかタクトは段々赤くなっていく。 「うん、タクトの気持ち分かったよ」 「え?」 笑ってそう言うスガタにタクトは不思議そうに首を傾げた。 「何でもない」 そんなタクトに誤魔化すように笑ってスガタ教室に戻ろうか、と言って歩き出した。スガタの言葉にタクトは疑問符を浮かべながらも慌てて背中を追いかけた。 ――――――――― 嫉妬を知らなかったスガタさん |