「ツナシ・タクトくん」 昼休みに生徒達の声で賑わっている教室の中タカシとシモーヌを侍らせたカナコはふと今その場にいない少年の名を囁いた。 タクトの机に集まり談笑していたスガタとワコはその声に後ろで艶やかな笑顔を見せるカナコを見る。 「あ、あのタクトくんなら今席を外して……」 「ええ、だから今の内に話しておきたいことが」 「え?」 戸惑いがちに声を掛けたワコに更に謎めいた言葉を掛ける。 「スガタくん。あなたに、ね」 そうカナコが言うと横で控えていたタカシとシモーヌにワコは両腕を取られ、連れて行かれそうになり、事情の掴めないワコは抵抗するが、右腕を掴んでいたシモーヌに何やら耳打ちされた途端静かになり、一瞬だけスガタの方を心配そうに見た後自分の足で去っていった。 「ワコに一体なにをっ!」 「言った筈よ、あなたに話があるって」 スガタの怒りの含まれた声にすら動じることなくカナコはのんびりと微笑んでいた。 「どうしてこんなことを?」 「あら、お怒りのようね。珍しい」 普段から冷静で穏やかなスガタの表情は険しかった。 「二人で話したいのなら何故教室なんですか。人目を気にするのなら…」 「それは、あなたが逃げ出さないようにする為よ」 「どういう意味です?」 疑問を投げかけるスガタを無視するように窓に目を逸らし 「ただ、あなたに聞きたかっただけ」 「ツナシ・タクトくんについて」 窓からこちらに目線を移し、美しく微笑むカナコにスガタは呆れたように溜め息をつきながらこう言った。 「彼を気に入ったんですか?でも、彼純情ですしあなたがいつも誘っている男性みたいに簡単に誘われないと思いますけど」 「あら、純情だからこそ誘われやすいんじゃない?」 そう言いながら手を顎に添え首を傾げる仕草は年齢に見合わぬ色気を醸し出していた。 「そんな単純な人間じゃありませんよ、彼は。もっと違う男性を探した方が得策だと僕は思いますけど」 「あら、そう?」 少し驚いたように瞬きしたカナコはすぐ納得がいったように微笑んだ。 「あなたがそこまで言うとは思わなかったわ、正直言うと」 目をすっと細めて笑うカナコに不気味なものすら感じてスガタは身を引くと 「私が本当にあなたに聞きたかったことは」 すっと顔を近付け囁いた 「もし、私が彼とガラス越しのキス、ガラスなしでしたらあなたがどう思うかってこと」 ハッとして顔を上げるスガタにいつもと変わらぬ笑みを見せるカナコに 「それは、僕には関係のないことですしそれに、」 「それに?」 動揺を必死に隠しながらカナコと向き合い 「もしとかたらっていう仮定の話って嫌いなんです」 「仮定の話でも彼が私とキスするなんて有り得ないってことかしら」 「そこまでは言ってませんよ」 私にはそう聞こえたけど、と髪を弄りながら言うカナコにお返しのように意地の悪い微笑みで返す。 「まあ、あなたの珍しいところ見られたからいいわ」 「……そうですか」 やはりこの女性は掴みどころかないと思いながらもやっとこの息苦しい空間から逃れられると思い、脱力した。 そんなスガタの様子を後目にカナコは嬉しい収穫にひっそりと微笑んだ。 ツナシ・タクトの存在がこれからどう影響していくのかと考えると楽しくて仕方ない そんなことを考えながらカナコはスガタの様子をそっと見つめた。 「ラブラブ、かしらね」 end |