▽タカタク
▽11話の前辺りの捏造話



放課後、珍しく一人で教室に残っていたタクトは赤く染まった空を見てぼんやりとしていた。

――そろそろ帰らないと、


そう思い椅子から立ち上がった時、どこか遠くの方から音がした――正確には誰かがピアノを弾いている音のようだ。

聴いたことのある響きな気がしてタクトはそのピアノの音に引っ張られるように教室から出て行った。

ピアノの音に段々と近付いてくるとはっきりと聴こえてくる。

「これ、……ワコが歌ってた曲、か?」

ピアノの音に耳をすませていたタクトは以前聴いたワコの歌っていた曲であることに気付き、更に首を傾げた。

一体誰が弾いているのか、いつの間にかタクトはピアノの音の主に会いたいという気持ちに駆られていた。元来の好奇心旺盛な性格故でもあるが、タクトはこんなにも美しい旋律を奏でる人物がどんな人物なのか単純に気になっていた。


「……ここ、か」

扉を開けると、見覚えのある人物がいた。いつもカナコの側で静かに控えているタカシだった。

「――ツナシ・タクトくん、どうかしました?」

「えーと、ピアノの音がしたからさ」


タクトは彼と同級生ではあるが、あまり彼の人となりは知らなかった。

「こうして話すのはあの時以来ですね」

タクトはタカシのその言葉にあの時のことは話したと言っていいのだろうかと思い苦笑いした。


「さっきの曲って……」

「まだ練習中なんですけどね」


にっこりと笑って何なら始めから聴いていきますか、と訊ねてくるタカシにタクトは大きく頷いた。そんなタクトの子供のように感情を素直に表している様子を見てタカシは少し羨ましそうに目を細めた。

そして、タクトの期待の眼差しに答えるようにピアノに向き直り、一息吐いてゆっくりとピアノに触れた。


静かな二人だけの空間に綺麗なピアノの音だけが流れていた。

タクトはタカシの演奏をただ見つめていた。演奏しているタカシのいつもと少し違って見える横顔を見て不覚にも顔が熱くなるのを感じて、自分が女子だったら今惚れちゃってるかも、と思い更に恥ずかしくなり、音だけを聴こうと目を閉じた。




「でも、何で練習なんてしてたんだ?」

「それはまだ秘密です」

何か企んでいるかのような含み笑いに疑わしげな眼差しを送りつつもどこか感心していた。

あまり音楽について詳しくはないが、聴いていてとても安心する優しい音色だった。心の奥底にある何かに訴えかけてくるようだった。


「ピアノ弾けるなんて知らなかったな」

「……意外、ですか」

ピアノの鍵盤を指でなぞるように優しく触れながらそう言ったタカシにタクトは素直に笑って答えた。

「いや、似合ってると思うよ、ピアノ」

「そうですか」

少し意外そうに一瞬目を見開いたタカシだが、すぐにいつもの表情に戻ってしまう。


「うん、格好いいと思うよ」

「え?」


タクトの言葉に顔を上げて見つめると、タカシの視線に少し不思議そうにしていたがすぐに自分が何を言ったのか思い出し、タクトは一気に耳まで赤くなった。

「い、いやその深い意味は……」

必死に言い訳するように言い募るが、それが逆にその言葉が本心だと伝えているかのようだった。

タクトが言葉を探して目を泳がせている様子が本当におかしくてタカシは思わず笑ってしまった。


「深い意味がある方が嬉しいんですけどね」

真っ赤になって慌てているタクトを見つめながら聞こえないよう小さく呟いた。

「――今、何か言った?」

「いえ、またピアノ聴きたかったら声かけて下さい」


はぐらかすように言ったタカシの提案にもタクトは喜んで大きく頷いた。

「まあ、案外またすぐに聴かせられるかもしれませんね」

「え?」


タクトはやっぱり彼はよくわからない人物だ、と彼の笑顔を見て思った。
しかし、わからないながらも興味深いと思った。彼がカナコ達といる時の表情と今の表情は不思議と全く違うものに見えた。



「でも、今日は本当にラッキーだった」

「……何か良いことでも?」


突然、タクトが体を解すように背伸びをしながらそう言い、タカシはその言葉に不思議そうに訊ねると訊かれた側であるタクトも不思議そうに目を瞬きさせた。

「君のピアノが聴けたことに決まってるじゃん」

「そう、だったんですか」

本当に驚いたようにそう返してくるタカシにタクトはやっぱりよくわからない、と心の中で呟いた。

「今日は、ありがとう!」


もう少し残っていくというタカシにじゃあ、また明日と別れの言葉を言って去っていくタクトの背中をタカシは静かに見送った。



「ピアノの演奏聴いただけなのに、あんなに……」

あんなに嬉しそうに幸せそうに笑う人をタカシは初めて見た。ピアノを弾けることをこんなにも嬉しく思ったことも、今まで一度もなかった。
不思議だった、彼は敵だ。深く関わる気なんて欠片もなかった筈なのに、何故こんなにも今嬉しいという感情で胸が一杯なのか。


これ以上考えるのは止めよう。これ以上考えたらいけないと無意識にそう思った。


「もう少しだけ練習しようかな」

放課後に少し練習して帰る予定だったのに予定より随分長く練習していた。
鍵盤に手を伸ばして嬉しさが込み上げてくるのを隠すようにピアノを弾いた。



歩くような速さで



―――――――――

タカシくんのキャラが迷子……




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