▽スガタク



放課後の教室内はそれなりに笑い声や話し声で溢れかえっていたが、それも普段よりはずっと控えめだった。
その理由は恐らくテストがあるからだろう。いつもは教室で話している生徒達も早めに帰宅する者が多い為か大分静かだった。
そんな中スガタも大多数の生徒達と同じように早めの帰宅を考えていた。成績は悪いどころか良い方ではあるが、何事も油断は禁物である。
そう考えながらスガタは静かに教科書やノートを鞄に詰めていた。

その時だった――

「あの、スガタ?」

聞き覚えのある声に顔を上げると想像通りの人物が立っていた。

「タクト、どうしたんだ」

てっきり一緒に帰ろうという誘いかと思ったのだが、タクトの表情を見るに違うようだということに気付いたスガタは気まずげな表情で立っているタクトに問いかけてみる。

スガタの問いに益々申し訳なさそうに眉尻を下げていたタクトだが、決意したのかスガタの机に手を置いて距離を縮めて必死な形相で話し始めた。



「勉強を、僕に教えてほしい?」
「そう、その…駄目かな」

タクトに拝まれるように頼まれて少し驚きながらも頼ってくれていることが嬉しかったので、スガタは快く承諾する筈だった。


「で、どこが分からないんだ」
「―――」
「は?」


タクトは今何と言っただろうか、少し自分は彼の綺麗な瞳に見惚れてぼんやりしていたのかもしれない。だが、何回脳内で繰り返しても彼が言った言葉に変化はなかった、当たり前だが。


「――分からないところが分からない、か」
「ス、スガタ……」


呆れたように呟かれたスガタの一言に怒られると思ったタクトは若干オドオドしながら見つめてくる。
スガタはそんな捨てられた子犬みたいな目で見ても無駄だと言おうと思ったが、敢えて口を閉ざした。はっきり言ってあの目に自分が弱いのは事実なのであの目で見られたら何でも許してしまいそうな気もしていたからだ。

しかし、分からないところが分からないとは。それは果たして自分の手に負える問題なのだろうかとうっすら思いはしたが、ここで拒めばタクトが他の誰かに頼ると思うとスガタにはタクトの頼みを断ることは出来なかった。


「とりあえず、ちょっとノート見せてみろ」


案外ノートを見ると色々分かることがあったりするし、まず数学のノートを見せてもらうことにした。

素直に手渡されたノートを開いてスガタは頭が真っ白になるのを感じた。

「お前、これはどういうことだ……」

スガタの恐ろしい雰囲気と口調に、のんびりしていたタクトは飛び上がるように驚いた。

「……ノート位はちゃんと写せ」
「えっと授業中眠くなっちゃって」


タクトの言い訳にもならない言葉に益々スガタから凶悪なオーラが溢れ出す。それにひいっと悲鳴を上げながらもタクトは追及の目から逃れるようにソッと目を逸らした。


「――分かった、タクトの頼みだ。勉強付き合ってやる」
「本当か?やった!ありがとなスガ――」

「ただ、気を付けろよ」


「僕はかなり厳しいぞ」

あと長い、と付け足すように言われた言葉に少し脱力しながらも、笑顔と共に告げられた言葉はタクトにとても重くのしかかった。

「とりあえず基礎の基礎から徹底的にその脳みそにぶち込んでいくから、覚悟しろよ」
「よ、よろしくお願いします」


スガタがいつもより怖いと思いながら、タクトは静かに覚悟を決めた。



*********
「ワコー、なあにニヤニヤしてるのかな?」
「ニ、ニヤニヤなんてしてないよ」

ワコは帰り支度も早々にぼんやり少し離れた席に目を向けていた。一緒に帰ろうと誘いにきたルリはそんなワコの様子にすぐ気付き、疑わしげに目を細めた。

「ただ、スガタくん達随分仲良くなったなって思ってただけ!」
「あ、確かに!」

ルリの疑わしげな視線に慌てて弁解するようにワコがそう言うとルリは二人がいる方へ目を向けて、納得したように頷いた。

ワコは納得してもらえたかと安心して溜め息を吐いた。


「で、それを見てニヤニヤしていた訳だ」
「――だから、ニヤニヤはしてないってば!」


安心した矢先にすぐルリは揶揄うようにワコの頬を突っつきながらそう言った。その言葉にワコは頬を真っ赤にして否定するが、ルリは益々楽しそうに笑っている。

「でも、本当にあの二人仲良くなったねー」
「うん、良かった」


本当に嬉しそうに笑うワコを見て、ルリは小さく笑った。


「でも、ニヤニヤしてる場合?テストは大丈夫なのかな、ワコさんは」
「べ、勉強会しようか」


痛いところを突かれてワコは苦笑いしながら立ち上がってルリの腕を掴んで歩き始めた。





――――――――――

あとがき

勉強会しないかという話、多分。





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