▽副部長×タクト ※擬人化注意 その日、タクトは一人屋上で佇んでいた。部活も休みだったのでまだ行ったことのない屋上に行こうかと思い付いたのは唐突なことだった。そして、景色の良さと完全に自分一人の空間に少し驚きながらもタクトは少しホッとした。 実際誰にも言わずにここに来たのは一人で少し考えたいことがあったからだった。一人で考えても答えの出ないことかもしれなかったが、あの二人にとてもじゃないが言えることではなかったから。 ――それは、 あの二人との接し方だった。 スガタもワコも急に現れたよく分からない自分に優しく接してくれていた。それがタクトにはとても嬉しくて、心地良くて、その状況に知らない内に甘えてしまっていた。それに気付いた時、タクトは本当に今のままの関係でいることが二人に迷惑ではないのかと自分自身に問いかけた。 「…――はあ、」 考えれば考える程気持ちは沈んでいく。 「――タクト!」 「……え?」 一人でぼんやりと佇んでいたタクトに後ろから声がかけられるが、タクトは全く聞き覚えのない声に名前を呼ばれたことに驚きながらもゆっくりと振り向こうとした ――しかし、 「タクト!」 「――っ!うわっ、な、誰……」 タクトは急に後ろから大きな何かに抱きしめられたことに動揺して何事かと思うが、うまく言葉が出ない。 タクトはかなり動揺しながらも後ろの人物について考える。――とりあえず自分よりかなり背が高い。そして、全く聞き覚えのない声で知らない人物だと思うのに、心のどこかで知っていると感じて不思議な気持ちになった。 「えーっと、どなたでしょうか……?」 恐る恐る抱きしめてくる強い腕から逃げるように抜け出して振り向くと、やはり全く知らない人物だった。 ――ネクタイの色から察するに三年生のようだ。それに妙に目立つ長い金髪を後ろで結んでいた。顔は整っていて一見冷たそうにも見えそうな程だが、人懐っこそうな笑顔でそれが和らいで見えた。 (何かこんな派手な人なら目立ちそうだけど……) 一度も見たことはないが、一度見たらまさに忘れられないような容姿だなとタクトは考えながら見つめていた。 「タクトは悩んでたのか?」 先程までの笑顔を引っ込めて金髪の男は離れようとしていたタクトの腕を掴んでそう訊ねた。 色々疑問はあったもののそれ以上にタクトはこの不思議な人物と話してみたいという気持ちになっていた。 「……少し考えたいことがあって」 「……一人で?」 「うん、一人で」 そう答えながらタクトはそう言えばこの人は何故ここに来たのだろうと思った。もしかしたらこの人も何か悩んでここに来たのだろうかとぼんやりと考えていた。 「……迷惑なんて思ってないんじゃないかな」 「何のこと?」 「スガタとワコのこと」 「…――、」 タクトは何故自分の悩みを知っているのかという思いよりも彼の一言に頭が一杯だった。 「タクトは二人のことどう思ってる?」 「――友達、だと思う」 彼の問いにタクトは不思議と素直に言葉を返していた。会ってまだ時間もそう経っていない相手に何故自分はこんなにも素直に話しているのかと心の隅では思うが、実際は不思議と話せば話す程今までのもやもやとした気持ちが嘘のように胸が楽になるのを感じていた。 「友達なら迷惑とかそんなの関係ないよ」 「――友達だから迷惑かけたくない」 男の言葉に反抗するように吐き出されたタクトの言葉はどこか痛々しい。考えれば考える程沈んでいく思考にタクトはただ首を振るが、暗い気持ちは迫ってくるようだった。 考えてしまうのだ、自分がこの島に来ない方が、二人は―― 「二人は変わったよ、タクトが来てから」 「…――っ!」 分かってはいたことだった。ここまでタクトが悩んでいたのもそもそもある生徒の一言からだった。 ――ワコ様もスガタ様も余所者には相応しくない、そうすれ違い際に知らない生徒に囁かれた時はただ呆然としていた。もしかして、サリナもこんなことを言われたりするんだろうかと考える余裕すらあった。 しかし、時間が経てば経つ程その言葉はまるで呪いのようにタクトの心を支配していた。 ――ワコを守るということを辞めるつもりは勿論ないが、もしも自分が二人に相応しくないというのなら…… そこまで考えていたタクトの考えを遮るように目の前の金髪の男は頭に手を置いた。 「二人はタクトと会って変わった」 「……」 「でも、二人はすごく幸せそうだ」 タクトはその言葉にハッと顔を上げる。彼は真っ直ぐにタクトの瞳を見つめて話し続けた。 「変わることは悪いことじゃない、それに、もし迷惑をかけたと思うなら謝ればいい」 「……それは」 「少なくとも三人でいることを迷惑なんて思ってないよ、あの二人は」 にっこりと笑って言われた言葉は妙にタクトの心にすとんと落ちだ。彼の綺麗な金色の髪が輝いていることが印象的だった。 「それに、何よりタクトが幸せそうだ」 「僕が?」 うんと言いながら頷く姿が図体は自分よりずっと大きいのに子供のようでおかしくてタクトは思わず笑ってしまう。 「――やっと、笑った」 そう言って男は空を指差した。 「空が綺麗。タクトみたいに赤いよ」 「変なこと言うね」 二人ですっかり赤く染まっている夕焼け空を見ながら本当に感動したように呟かれた言葉に女の子がこんなこと言われたらそれこそこの空のように赤くなりそうだと思って微笑んだ。 「タクトとこうやって話せて良かった」 「そう言えば、何でここに……」 タクトから背を向けるように歩く男にそう言って振り向こうとするが、後ろから最初にされたように強く抱きしめられた。 二度目ではあるが、やはり心臓に悪い唐突な抱擁に戸惑いながら、タクトは男に話しかけようとする。しかし、それは上から触れるだけの優しい口づけで静かに遮られた―― その事実に一瞬ぽかんとしていたが、すぐに気付いて問い詰めようとしたが、既に男は消えていた。さっきまで確かにそこにいて楽しそうに笑っていた。急に現れてキスして去っていってしまうなんて、何故という気持ちで一杯だった。 「……名前、きいてなかったな」 タクトはただ一人そう呟くことしか出来なかった。 そして、何よりキスされたことが嫌ではなかった――そこまで考えてタクトは静かに俯いた。 ―――― 「あ、副部長おかえり」 部室で一人台本を書いていたサリナは見慣れた小さな動物の姿にゆっくりと微笑んで声をかけた。 「楽しかった?」 狐はサリナの肩に駆け上がり、彼女の問いかけに答えるように小さく鳴いた。 「そっか、良かった」 安心したようにサリナが頭を撫でると嬉しそうにまた鳴いた。彼女はそんな様子を見つめながら静かに誰に聞かせるという訳でもない言葉を呟いた。 「キスで魔法がとけるっていうのは、少し悲しいね」 小さな鳴き声はサリナの耳にだけ届いていた ――――――――― あとがき 擬人化副部長やってしまいました!副タク妄想に付き合って膨らませて下さった方々に感謝です^ ^ これの場合狐→人間→狐だからあれですが、お伽噺風だけど呪いをかけられて狐にされちゃってた人間ってのもありですかね。 |