◎スガタ→タクト→ワコ



「タクト」

 スガタは夕焼けに染まる教室にタクトが静かに佇んでいることに気付き、声を掛けるものの彼は何の反応も示さなかった。そんなタクトに疑問を抱きながらも窓際に立っているタクトにゆっくりと近づいた。

「何を見てるんだ?」
「……」

スガタの問いは聞こえてるはずなのにタクトはただ窓の外を見つめていた。まるで違う世界にいるようでスガタは途端に不安に駆られた。

 タクトの肩に手を置いて声を掛けるとやっと気付いたらしくはっとしたようにこちらを振り向いたタクトを見て、スガタはいつもと変わらぬ笑顔で話しかけた。

「部活、行くだろ?」
「あ、ああ」

妙に驚いた顔をしたタクトに安心させる為にいつものように話しかけたつもりだったが、うまく出来ただろうかとスガタは思った。

 そのまま二人で演劇部までの廊下をゆっくりと歩みだした。


―――

「黒猫は言った。それが君の本当の幸せかい、と」

 演劇部には部長であるサリナがいた。彼女の演技を見ながら果たしてこの話はどんな話だったかとスガタは思っていた。そんなことを考えながら部室を見渡すとワコ以外の部員が揃っていた。
「あら、スガタくんにタクトくん」
「流石ですね、部長」
「褒めても何もでないよ?」

そう言って笑う彼女は先程とはまるで別人のようでやはりすごいなとスガタは思った。サリナは二人を見て、いつもいるもう一人の姿がないことに気付き不思議そうな顔をした。
そんなサリナに気付いたスガタが事情を説明することにした。

「ワコが?大丈夫かな・・・スガタくん付いてなくてよかったの?」

 スガタがワコが微熱を出していたので早退させたことを話すとサリナは納得したようだが、ワコのことが心配なようで不安そうにそう呟いた。

「本人が一人で帰れるって言って聞かないんですよ」
「ああ、あれで結構言い出すと頑固だもんね」

 そんなスガタの言葉にワコ本人が聞いたら顔を真っ赤にして拗ねてしまいそうなことをさらりと言って納得した。そして部活を再開させた。


―――
「タクト?」

 部活も終わりそろそろ帰り仕度を始めようとしたスガタの目に入ってきたのは、哀しそうな瞳で何処か遠くを見つめているタクトだった。
いつも明るく笑っている彼が偶にそんな瞳をしていることをスガタは知っていた。自分以外に誰かが気付いているかはわからないが、タクトのそんな瞳を一番見ているのは自分なのではないかとスガタは密かに思っていた。

 タクトは例えばワコがスガタと楽しそうに笑っている時やワコが昔のスガタとの思い出話をしている時にそんな瞳をしていることをスガタは知っていた。タクト自身もそんな瞳で見ていることに気付いていないだろう。三人で話している時ふと隣のタクトのそんな様子に気付いた時のスガタの気持ちを誰も分かりはしないだろう。

 タクトがワコのことが好きだという事実は思っていたよりも自分自身に重く圧し掛かっていた。タクトのあの瞳は最初からワコにだけ向けられていたのだと思うと胸の辺りにもやもやとしたものが込み上げてきてスガタの心を静かに蝕んでいった。

 スガタはそんな感情を押し殺してタクトに接し続けてきた、そしてタクトをいつの間にか目で追っていた。どんなに見つめても彼が自分を見てくることはないとわかりながら。

「ワコのことが心配?」
「スガタ……」

 スガタの声に振り向いたタクトは何でもないように笑って答えようとするが、うまくいかず乾いた笑いばかりが零れた。そんなタクトを見てスガタは静かに微笑んだ。

「明日休みだし一緒にお見舞いにでも行こう」
「いいのか?」

 スガタの提案にタクトは一瞬嬉しそうに微笑んだが、すぐに心配そうに見つめてきた。
そんなタクトにいつもと変わらぬ笑顔で姿は笑いかけた。

「じゃあ、また明日」

 そう言って別れを告げるとタクトは嬉しそうに笑ってきれいな瞳でスガタを真っ直ぐ見つめた。

「うん、その……ありがとな!スガタ」
「気にするなよ、じゃあ」

 スガタに感謝の言葉を伝えて満足したのか手を振り去っていくタクトの背中をスガタはただ見つめていた。

 もしも誰かにこれでいいのかと聞かれたら恐らく自分は何も言えないだろうとうっすらと思い、静かに目を閉じた。
これが幸せなのかなんて分からなかった、ただ言えることは今は彼のあの瞳が少しでも自分のことを見てくれればいいと感じているということだけだった――そして、スガタ自身が思っていた以上にタクトのことを愛してしまっていたということだけだった。



恋に溺れた男



―――――――――
あとがき

ちょっと報われない話は好きです。続きはないけど多分結局スガタクになるんだと思いますね。スガタは結構言ってる事と逆の事考えてそうなイメージ




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