◎ヘドタク
◎喫茶店パラレル


「タクトくん!」

ワコがスガタと共にタクトの席に行き、いつものように部活に誘おうと声を掛けたのだが――


「バイト?」

声を掛けた途端両手で拝むように謝られてしまい、驚きながらも理由を問うと気まずそうに言われた言葉をオウム返しすると、タクトは詳しく話し始めた。

「昨日バイト募集の紙見て電話してみたんだけど、今日面接って言われて……」
「部長には言ってあるのか?」

スガタの確認の言葉に大きく頷いたタクトを見て、ワコはそれじゃあ仕方ないと言うように笑った。
「どこのバイト?」

一度しかバイトをしたことのないワコは興味があるらしく興味津々な態度でタクトに迫る。

「喫茶店だよ、結構落ち着いた雰囲気のお店だった」
「へぇ、すごい!じゃあ、面接受かったら遊びに行ってもいい?」

嬉しそうなワコに迫られてたじたじなタクトを見て、スガタは助け舟を出すようにワコの肩に手を置いた。
「ワコ、そろそろ部活に行かないと」

部長に怒られるよというスガタの付け加えた一言にギクッと反応したワコは慌ててタクトから体を離し、鞄を手に取った。

「ご、ごめん。じゃあ、タクトくん面接頑張ってね」
「じゃあ、また明日」
二人に別れを告げたタクトは目的地へと向かうことにした。

―――
「……ここか」

一応どういう場所かは前もって確認していたもののいざとなると緊張して一人店の前で呆然と佇んでいた。

「喫茶綺羅星……って改めて見ると変わった名前だな」

店を見た感じでは落ち着いた雰囲気の喫茶店に見えるが、どうも店名がその雰囲気と一致していないように見えて、アンバランスなのが妙に特徴的だった。

「うーん……」

何だかんだバイトの面接は初めてなタクトは完全に緊張で固まってしまい、その場から動けずにいた。
(ど、どうしよう……早く入らないと)

そう焦れば焦る程嫌な汗が出てきてしまう。明るい性格で物怖じしない人間だと思われがちなタクトだが、案外一人になると緊張してしまい動けなくなることがあった。
タクトはあーうーと唸ってしゃがみ込んでしまいたいような気持ちになっていると後ろから突然声を掛けられた。

「あなたがそこにいると入れないのだけど」

淡々とした少女の声に驚いて振り向くと不思議な雰囲気の少女が妙に沢山の荷物を持って立っていた。
不思議な雰囲気の少女だが、それより何より気になることがタクトにはあった――それは少女の服装が

「なんでメイド服……!?」
「だって喫茶店だから。喫茶店と言えばメイド服でしょう?」

それはメイド喫茶であって普通の喫茶店の店員がメイド服を着ている理由になるかは定かではない。それに、もしそれが制服だとしてもそのままの格好で外に出るのはどうなのかというタクトの疑問は少女により遮られた。

「とりあえず入るなら入って」
「……は、はい」

タクトは少女の淡々とした喋りの妙な圧力に堪えきれず、思考を止めて店内へと足を踏み入れた。

カランカランという音と共に二人で店内へ入るとカウンター席に座っている男性が最初に目に入った。
紫色の髪をして気だるげに頬杖をしている姿を見ていると男性はこちらを振り向いて微笑んだ。

「いらっしゃい、ご主人様」

――違う、何が違うって色々違い過ぎて上手く言えないが、あまりのアバウトさにタクトは暫し呆然としていた。

「ご主人様、今日はどういったご用で」

ご主人様と言っているが、念の為言うが彼はメイド服は着ていない、勿論執事服という訳でもない。だが、喫茶店の店員の格好だと言える格好でもなかった。
敢えてこの格好に名を付けるとするならば、私服という言葉が最も正しい気がする。白いシャツにズボン――普通過ぎて特に言うこともないような格好である。彼自身がとても特徴的な美形なのでそのシンプルな服装は様になってはいるが、やはり店員としてはおかしいと思われた。

「……此処って、所謂メイド喫茶ってやつなんですか?」
「いや、綺羅星喫茶だけど」

綺羅星の意味がよく分からないので何とも言い難いが、どうやらメイド喫茶ではないらしい。
しかし、そこにいるのは客をご主人様と呼ぶ男とメイド服を着て佇む少女である。これを見て只の喫茶店と言い切れる人間はなかなかいないだろう。

「じゃあ、なんでメイド服を……」
「喫茶店と言えば、メイド服だと聞いたんだが……それにかわいい子がかわいい格好した方が客も入るだろう?」

最後の方が本音だろうかとぼんやり考えながらもタクトは本来の目的を思い出し、渋々男に近付いた。

「あのバイトの面接で来た…――」
「ああ、ツナシ・タクトくん?」

タクトの言葉を遮って告げられた名前に頷くと男は嬉しそうに笑い、急に椅子から立ち上がった。
急に立ち上がった男にびっくりして思わず一歩引いてしまったタクトに男は更に近付いた。

「ふむ、君が……」
「あ、あの」

異常な程の至近距離でじーっと見つめてくる男に固まっていると満足したようにふっと笑って顔を離した。
やっと離れた顔にホッと胸を撫で下ろしているタクトを見て、男は実に楽しそうに笑っていた。

「君、採用ね」
「ありがとうございます……って、え!?」

ぼんやりと聞き流していたタクトは衝撃的な一言に耳を疑った。

「面接は?というか、まさか店長……」
「うん、店長ってやつ」

そんな軽く言われた言葉に驚きながらも疑問だらけのタクトは必死で問いかけるものの全く手応えのないのらりくらりとした回答に溜め息を吐いた。

「店長のヘッド、よろしく。それでこの子がサカナちゃん」
「よ、よろしくお願いします……」

状況が掴め切れていないタクトを置いて男――ヘッドは自己紹介を始める。実に自由な男と変わった名前の少女に目を向けて戸惑いながらも何とかタクトは言葉を返した。

「でも、なんで採用なんですか?」

面接どころか少し話しただけな自分を何故採用するのかという疑問にヘッドを見上げながら問い掛けた。

「最初に言わなかったかな?」

ヘッドの言葉に当てはまるものが見つからず首を傾げているタクトを見て彼は楽しそうに笑った。

「かわいい子がいた方がいいだろう?」
「ええ、私もかわいい子がいた方がいいと思うわ」

二人はタクトをそっちのけにまるで当然のことのようにそう言い放った。
しかし、タクトは二人の言葉が理解出来ずぼんやりと二人のやり取りをただ見つめていた。

そして、やっとタクトはあることに気付いた。

(もしかして、すごい所に来てしまったのかもしれない)

そんな言葉が脳内でぐるぐると駆け巡ってタクト自身に危険を知らせているが、既に遅かった。
何故ならタクト自身この喫茶店に知らぬ間に惹かれてしまっていたのだから。
こんな変わった喫茶店も悪くない、これから頑張ろうと密かに考えて二人の変わった店員のやり取りを見ながら微笑んだ。


「じゃあ、とりあえずメイド服着る?」
「お揃いね」

二人のそんな提案にタクトはすぐにその決断を後悔しながらもゆっくりと二人に向かって微笑んだ。

「これからよろしくお願いします」
「歓迎するよ、ツナシ・タクトくん」




―――――――――
あとがき
ずっと書きたかったヘドタクですが、ここにきてまさかの喫茶店パラレルですよ´ω`;
というかこれヘドタクでいいのかしら
タクトくんがメイド服着て接客するかは……どうでしょう




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