アンドロイド財前と病床の一氏 be human ・ 「光、今日はえらい決めとるやんか」 ユウジさんにプレゼントしてもろた服着て初出勤。 「どないスか?」 「えらいシュッとしてんで。デートでもするんか?」 謙也さんが肘でつついて、茶化してくる。俺は気にせんと、カルテを整える。 「そない予定はあらへんスわ。ユウジさんが選んでくれたんです」 実際に見立ててくれたんは小石川やけど。スマン、小石川。せやけど、スタイルを考えてくれたんはユウジさんやし、間違うてもないやろ。 「へぇ、さすがユウジやな」 「さすが、て?」 ユウジさんの着とる服、着古したビロビロなんしか見たことあらへん。 「あぁ、光はユウジのお兄さんのこと知らへんもんな。ユウジのお兄さん、生前は服作る仕事してたんや。代々続く家業やってんけど、病気でな…」 謙也さんはそこまで言うと言葉に詰まった。 「ユウジが生まれてすぐに親父さんは亡うなってしもたし、お兄さんも数年前に亡うなってしもた…ユウジと同じ病気や」 見た目はそない変わらんのに体が衰えていき、眠りのような死を運ぶ、老衰に近い病気。原因は不明。解明は一向に進んどらん。不死の人形、アンドロイドに対するアンチテーゼみたいや。人形病という病は。 「せやけど、ユウジの病気の進行は、親父さんや、お兄さんより早いんや…もしかしたら、数ヶ月。最悪、それ以下かも知らん…」 今、俺はどない顔をしているんやろう。こない重大なこと、今までにあらへんかった。主人の死が、こない衝撃的なことは。 「暗い顔、せんといてや。ホンマはユウジに言われとったんやけど…軽く伝えといてや、ってな」 「ユウジさん…知ってはるんですか…」 自分の余命を。 「せや。知っとるが、気にせん言うとった。光が最期まで世話してくれるから、安心しとるって言うとった」 「自分勝手や…」 「ホンマやな。せやけど、これ以上有意義なことはあらへんと思うで。ユウジはホンマにお前を必要としているっちゅうこっちゃ」 ・ アホなアンドロイドは、教会に主人の存命を祈りに行った。 「ただいまです」 「おかえりー」 ユウジさんは今日も本を読んどる。こないだ読んでたんと同じやのに、また最初から読んどる。 「その本、おもしろいスか?」 「まぁ、ボチボチやな」 ユウジさんのボチボチ言うのは、おもろいっちゅう意味みたいや。誰よりもおもろいことが好きな人やから、嫉妬してるんかも知らん。 「お、何や。教会行ったんか」 「まあ」 教会に祈りに行くと、帰り際に一輪の花をくれる。目ざとく見つけたユウジさんから、いつものごとく聞かれる。 「小春、どないしとった?」 これはもはや決めゼリフに近い。 「普通でした。元気やったし、今日もようクネクネしとりました」 「小春はクネクネなんしとらん!」 「そんなら、ナヨナヨしてはりました」 「死なすど!」 何がええんか推量出来んへんけど、ユウジさんは小春さんを好きらしい。 小春さん言うんは、神父やらシスターやら知らんが、とにかく教会にいるオカマさんのことや。頭が良うて、説教も分かりやすいからあんなんでもたくさんの人に慕われとる。 「ホンマに元気でした。それにユウジさんのこと心配しとった」 「ホンマか!せやけど、ちゃんと言うてくれたか?」 「言いました。ユウジさん忙しいから来られへんて」 ユウジさんは見栄を張りたいらしい。ユウジさんが最後に行った時は、一人ではもう歩けんようなっとって、俺が肩を貸して教会まで行った。そん時もユウジさんは病気やのうて、風邪やっちゅうとった。 「せやったら、よかった。小春、優しいなぁ」 「まあ、誰にも優しいですけど。俺はよう気に入られとるし」 せっかく皮肉を言うたったんに、ユウジさんは聞いてへん。俺は、アンタの存命祈りに行ってんけどな。 科学の固まりが、非科学の虚像に祈りに。 ユウジさんは幸せそうな顔をしとった。 ・ 「なぁ、光。これ、ユウジにやってや」 今日はずっこけてできた傷を消毒しに来た金太郎が、なんやら不細工な紙屑を手渡してきた。 「何やねん、コレ」 「何って!どう見ても鶴やんけ!」 とても鶴には見えん。折り紙言うたら、もっとピシッとできるモンとちゃうんか。 「まだ、一匹やけど、銀さんと一緒作るからあっちゅう間に千匹作んで!」 「あんまり銀さんに迷惑かけへんとけよ」 銀さん言うのは、金太郎がおる施設の職員さんや。見た目はえらいゴツいが、優しい人。 「そんなん当たり前やんけ!」 金太郎が憤慨した様子で言う。 「おぉ、泣かせる話やんか」 謙也さんに話すと、謙也さんは感心したように言った。しかし、俺には紙屑にしか見えん。データとの差異がありすぎる。 「そういえば、アンドロイドって泣けるらしいやんか。光も泣いたりするん?」 「泣かれへんスわ。ウォーターサーバーに水が入ってへんので」 アンドロイドが泣くなん言うても、人間の涙腺にあたる機能がただ水を排出するだけや。見た目に真実味を帯びさせるためのオプションみたいなモン。 「そうなん?そんなら、水入れたらどうや?」 「ユウジさんはそない高度なこと出来へんスから」 ユウジさんは漢字がよう読めん。そんで、俺の分厚い取説書は漢字やら専門用語ばっかりや。 「そんなら、俺が入れてやろか」 「それが、電源切らなアカンのですけど、それにはユウジさんの生体認証がいるんスわ」 指紋やら、虹彩やら、静脈やら、たくさんある生体認証の内の規定以上の認証で認められへんと、シャットアウト出来へん。起きたまんまできることやったら、俺が口で指示したらええんやけど、電源切ったらそうはいかん。ユウジさん、途方に暮れて、それこそ泣いてまうかもな。 「それに、泣く機会なんあらへんと思うんスわ。今までやって、起動テストのときくらいしか使わへんかったし」 「そうなん?」 「ユウジさんも、笑えとは言いよるけど、泣けとは言わへんし」 「そうか」 謙也さんは微笑った。 ・ 病院からの帰途、八百屋に立ち寄ると、店先で銀さんが小石川と話しとった。合縁奇縁っちゅうやっちゃと、俺も話に参加した。俺が小石川の店で買うた服を着とるんを見て、小石川は満足げにしとる。 「お客さん、アンドロイドやったんですか。俺、全然気付きませんでしたよ」 話の流れで、俺がアンドロイドやっちゅうことを明かすと、小石川は目を丸くした。 「うちの金太郎も、光のこと人間やと思とるしな」 「ホンマ、分からへんですわ。また店に来はっても、気付かんかったと思います」 「光は、表情が人間らしいからやろな」 「あ、俺もそう思います。他のアンドロイドってよう分かりますよね。何て言うたらええか分からんのやけど、他のってもっと極端な顔しますよね」 「せやな。他のは喜怒哀楽がはっきりしとるんや。その点、光は曖昧な表情もしよる」 銀さんと小石川は、俺を放って盛り上がっとる。二人が言うてることが、俺にはよう分からん。 「俺、ユウジさんにも金ちゃんにも無表情や言われますけど」 「確かに、普段は無表情かも知れんな」 銀さんは続けて話す。 「他のアンドロイドっちゅうのは、笑うっちゅう場面には明らかに笑うし、悲しいっちゅう場面には、悲しいっちゅうのが明らかに分かる顔をしよる。人間の感情は単純やあらへん。笑うにもいくつも段階や種類がありよる。他のモンはそれぞれの感情が一つの表現しかあらへん。せやけど、おぬしはほんの少し笑ろたり、怒ったりするやろ。それが人間らしい見えるんや」 「それって、ええことなんスかね」 アンドロイドは、どない人間に近付こうと、人間になることはあらへん。開発者連中は完璧な人間を目指して、技術向上に注力しとったが、人間の尊厳を脅かす言うて、保護団体が待ったをかけた。物議を醸した末に、アンドロイドの技術開発に制限を設け、コンピューターの改良は今も続けられとるが、人間に近づくための技術は研究のみに留まっとる。 「人間が、感情を抑えるんは他人への思いやりや」 「思いやり…」 「せや。何でもかんでも全力で表現しとったら、見とるこっちが疲れてまうし、人間には自分が一番にその感情に浸っていたいときもあるんや」 「笑ろとるときはまだしも、泣いとるときはいっちゃん自分が悲しい言うて、泣きたいとき、ありますね」 小石川が頷く。 「己だけやったら、ナンボでも笑ろたり、泣いたりしたらええが、他の誰かのためやったら、誰かが望むように応えてやらなアカン。せやから、ほんの少しの加減が必要なんや。それが出来るおぬしは、人間らしい見える」 分かったような、分からんような。俺は機械やのに、頭にまるごと辞書が入っとるから言葉は知っとるはずやのに、銀さんの言葉は難しい。 「やっぱり、石田さんの言わはることは違いますね。俺やったらそない上手く説明出来へんですよ」 小石川が納得しとるから、それは真実なんやろう。 ・ それから家に帰る間、ずっと銀さんと小石川の会話を再生しとった。俺の感情回路は未だこんがらがったまんまで、他のヤツらみたいに上手く表情を作れへん。楽しいときには笑顔、悲しいときには泣き顔。人間味があると思とった顔。 ユウジさんも俺にそない表情を望んどるんやと思とったけど、ホンマはどうなんやろう。 「ただいま」 合い鍵で玄関を開けて、室内に呼び掛ける。扉入ってすぐに居住スペースのあるこの家は物騒やなと思う。代わりに、狭いからユウジさんも移動にあんまり体力を使わんで済む。 返事は帰って来えへんかった。靴を脱いで家に上がると、ユウジさんのベッドに向かう。覗き込むと、ユウジさんの目がパッと開いた。 「おかえり」 「寝てはったと違うんスか?」 「目、瞑っとっただけや。考えごとしとった」 ユウジさんはもぞもぞと起き上がる。 「ただいまて言うた?聞いてへんかった」 「言いましたよ…でもまあ、ただいまです」 「おん、おかえり」 ジャケットを脱いでハンガーに掛ける。こないだまではなかった習慣や。ふと思い出して、ポケットを探る。目当てのモンを見つけると、ユウジさんの元へ行く。 「これ、金ちゃんからユウジさんにって」 不格好な折り紙の鶴を、ユウジさんに差し出す。ユウジさんは、優しい手つきでそれを受け取る。 「鶴か。金ちゃん、優しいな」 ユウジさんには一目で鶴やって分かったみたいや。ユウジさんは微笑んだ。俺もほんの少し笑う。 俺の顔見て、ユウジさんはもっと嬉しそうな顔んなった。俺も、もっと笑ろてみる。 思いやりて、こないことやろか。ユウジさんが微笑んだら、俺も微笑んだる。ユウジさんが笑うんやったら、俺も笑ろたる。ユウジさんが俺に望むんやったら、破顔一笑したる。アホみたいに笑ろたってもええ。 next |