忍足と一氏と白石・3-2サンド



 謙也一家は揃って布団派らしい。

 せやから、謙也の家に泊まるときは、客人も布団を敷いて寝る。謙也の部屋はまあまあ広いが、二組敷いたら少し狭なるし、三組なん敷いたらギュウギュウや。それでも、謙也か白石と同衾なん、御免やからきっちり三組並べて寝る。

 俺の右手に謙也、左手に白石。筆でなぞったら、ホンマに川の字や。前に財前が俺んこと凹のへこんだとこなん言いよったけど、そん時は本気でどついたった。
 川の字言うんは、一般的に親子三人並んで寝るときに言うもんやけど、こん二人みたく180近いお母ちゃんなん嫌や。性格的にはどっちもお母ちゃんみたいやったり、お父ちゃんみたいやったり、要は面倒見がええけど、 白石はちょっと神経質やし、謙也はせっかちやからすぐ「どやさ」言うお母ちゃんになりそうや。二人にお母ちゃんの格好さしたらおもろいやろな。想像して思わず吹いてまう。

「何笑ろとるん?思い出し笑いはムッツリの証拠やで」
 右手の謙也から茶々が入る。案外かわええところもあるもんで、謙也は部屋が真っ暗やと眠れんらしいから、薄明かりを付けとる。謙也の方を向けば、ぼんやりそん姿が見える。
「思い出し笑いとちゃうしー、ちょっと想像してもて」

 お前らの割烹着姿。
 頭はパンチパーマ。

「ぶふっ」
 イケメンだけに似合わん。
「やらしいで、ユウくん。何想像しとるん」
「ユウくん言うなや、言うてええのは小春だけや!」
 今度は白石に茶々いれられた。こん二人が揃うと何か言うて、俺を構ってきて困る。そない俺が好きでしゃあないんか。
「ホンマにユウジは小春、小春やな」
 謙也が呆れた声で言う。
「何や悪いことあるか?」
「まあ、ええんとちゃう」
 投げやりな返事。薄明かりを頼りに、謙也の頭を小突いたる。
「ええやん、純愛っちゅうやっちゃ」
 白石が感心した声で言う。
「そうやで!純愛や」
「ほんなら、お前らチューしたことあるん?」

「ちゅっ?!」
 チューて、お前。

「それ、俺も気になる」
 謙也の悪ノリに白石まで参戦してもうた。じりじり、両サイドから二人が近付いてくる。俺は布団に潜った。
「チューて、チューてお前」
 布団の中で呟く。
「何や、ユウジ、何言うてんのか聞こえへんぞ」
 右サイドの手が布団を剥がしにかかる。さして抵抗せんかったから、簡単に剥がされた。
「そん様子やと、したことあらへんみたいやな」
 白石が顔はよう見えへんが、ニヤニヤした様子で言う。ムカついて食ってかかる。
「あれへんかったら何や!」

「ほんでも、チューはしたことあるやろ?」
 謙也、爆弾投下。
 何やねんコイツら、イケメンやからって人んこと見下してへん?

「お前ら、最近の乱れた風潮に流されとるんと違うか?!ち、チュー言うんはな、ホンマに好きな人とする神聖な儀式なんやぞ!」
 齢十四、五にして何人も女性遍歴がありそうなお前らには分からんやろう。俺の初めては、ロマンティックな夜空の下で、大好きなあの子に捧げるんや。そん健気さ、一途さ。それが純愛っちゅうもんやろ!

「ホンマに好きな人と…」
「神聖な儀式…」
ポカーンした声。
 あー、嫌や、二人してモテメンでタラシやから。実情は知らんが、こんだけ顔が良けりゃ誘蛾灯みたいなモンやろ。ちょびっと、虚しいっちゅうか悔しいっちゅうか。せやけど、夢やし。妥協したくあれへん。


「せやな。初キッスっちゅーモンは、好きな人とするもんやな」
「せやせや」
 不意に賛同の声。えっと思って、キョロキョロと二人を見る。

「ほしたら、実践が一番や」
 右から手が伸びてきて、顎を掴まれる。疑問に思う暇もあれへんかった。そんまま、右の方向を向かされて、唇にちゅっと軽い音。
「はじめてのチューやな」
 目の前に顔があるから、薄暗くても表情がよう見える。謙也はニヤリと笑った。

「謙也、抜け駆けやんか。ユウジの初キッス、俺がもらいたかったんに」
「先手必勝、取ったモン勝ちや」
「…」
「白石クンの初キッスをユウジにあげたらええやん」
「…不満やけど、まあそれでもええわ」
 突然の事態に俺の頭が真っ白になっとる間に、二人の応酬は終わり、今度は左側から伸びた手に顎を引っ張られた。さっきみたいにちゅって軽い音がした後、今度は唇を舐められた。ホンマにお前、中学生か?そない疑問が浮かぶ前に離される。謙也に劣らず男前の顔が目の前に。最後まで俺の頭は真っ白。
「奪っちゃったー」
「古いで、白石」
 昔に流行った某CMの真似で白石がはしゃぐ。謙也がすかさずツッコんだ。

「おっオドレら!ふざけんなや!俺のロマンティック返せ!」
 ようやっと脳みそが働いて、たまらず叫ぶ。

「ホンマ、初キッスは好きな人とするんに限るな」
「せやなー、まさに神聖な儀式やったわ」
「聞け!」
 俺の今世紀最大の過ちを嘆く声を無視して、アホ二人はそないこと言うとる。俺の初チュー…大好きなあの子のための初キッス。

「ちゅうか、お前ら初チューとか絶対嘘やろ!」
 二人はくすっと小さく笑うと、にじり寄ってきて俺のほっぺたにチューした。


 何やお前ら、ホンマに俺が好きでしゃあないんか!





はじめてのチュウ


サニーサンドさまに寄せて、青春382
20100203 町田



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