アンドロイド財前と病床の一氏


be human







 俺はいわゆる曰く付きのアンドロイドやった。
 今や世界のアンドロイド技術は最高峰まで極まり、4・5年じゃそうそう新しい技術も出えへんようになった。だから今巷に出まわっとる最新式と俺とじゃ処理速度と、メモリ容量、それからボディの重量に多少の差はあれど、能力的にはあんまり差はあらへん。せやから俺は十分上等なアンドロイドっちゅうわけや。
 最も、アンドロイドの技術開発に制限がかけられとるおかげで、やっとこ上等におられるっちゅう、安定した量産型とは比べもんにならへんくらい厄介なアンティークやけど。量産型は安いし、メンテナンスで故障もあっちゅう間に直せる。せやけど俺は、中古に流れ流れて廉価で、故障も部品の取り寄せに時間を食う。性能は劣らんくても、古いモンは古い。それにこの数年で両手ほど主人を亡くしとる。死を招くアンドロイドっちゅう呼び名がついて、最早元値の半分以下。長く主人の下におらんおかげで状態だけは 新古品に近い。
 こないでも名匠の作やねんけどな。


 ともかくそない数奇な運命を経て、俺はユウジさんの元にたどり着いた。





 何人も主人を亡くしているとは言え、最初から病気を患っとるっちゅうパターンは初めてやった。だからこそ、曰く付きの人形と忌まれ、ここに流れついたわけやけど。ユウジさんが俺を買うたのは貧民街の闇市。いくら廉価やっちゅうても生まれも育ちも貧民街のユウジさんにとったら、一生モンの買いモンや。

 まさしくその言葉の通り、ユウジさんは俺に死に水を取らせようっちゅう考えやった。





「おはようございます、ユウジさん。加減はどないでっか」
 貧相なベッドに、薄い布団にくるまって横になっとるユウジさん。あまり立ち上がることはない。食事もベッドの縁に腰掛けて、俺が机を前に置いたって食べる。ちょっと動くだけでもしんどいらしい。せやけど、床擦れしたら大変やからしょっちゅう寝返りを打たなアカン。長い間横になっとるから、ユウジさんの体は筋肉がなくて薄っぺらい。ユウジさんは、しんどいってよく言うとる。過去のデータから類推すると、ユウジさんは可哀想や。

「よくはあらへん。悪くもなってへんけど」
「ほな、よかったスわ」
 布団を捲って、ユウジさんの脇に手を挟む。こうして熱を計るっちゅう訳やけど、ユウジさんは毎度「こそばい」っちゅうて嫌がる。最近は口で言わんようにはなったけど、露骨に眉を歪めるんは変わらん。
「お前は相変わらず無表情やな。心配せぇや」
「十分しとります」
「うせやん。むっかし街で見たアンドロイドはもっとニッコニコしてたで」

 現代のアンドロイドっちゅうのは、表情豊かや。感情をプログラミングされとる訳ではなく、蓄積したデータから表情や感情を分析、類推、学習するから、人間味のある表情をする。せやから、接触時間の長い主人やその家族と似るっちゅう話やけど、俺の場合は主人が何回も変わったし、おらんかったことも多い。メンテナンスが甘いせいで、俺の感情回路はこんがらがったまんまや。ユウジさんはアホやから、そない高等技術はできへんし、技師にかかる金もない。
「まあええやないスか、個性スわ」
「何が個性やねん。量産の癖して」
 俺は量産型とちゃうて何度も言うとんのに、こん人は全く覚えが悪い。俺は世界に一つしかない、作品的価値もあるアンドロイドやっちゅうのに、言うても信じやん。
「ふっ、」
「お前、バカにしよったな!まあ、そやって笑とった方がええで」
 ユウジさんのモノになった日から、俺は笑うことが多くなった。こない人やから、こんままでええと思う。





 アンドロイド普及の半ばに改正された労働法によって、アンドロイドの就労は禁止されとる。人間と違て長時間に渡り正確な仕事をこなせるアンドロイドや、企業は労働力として高く評価する。人間の代わりにアンドロイドを配置した方が長期的に見て、利益が上がる。アンドロイドの開発が進み、量産や、割安での購入ができるようになれば、企業はもちろん設備投資をする。その分雇用が減れば、貧富格差は莫大に広がるやろう。それを見越しての改正やった。

 福祉施設など一部を除いての原則就労禁止。アンドロイドは個人所有が一般的や。また、個人所有のアンドロイドを働きに出すんもアカン。これはアンドロイドの基本権利にも関わる。アンドロイドは自ら、金銭を必要としない。アンドロイドは所有されるモノであり、金を欲するのは結局人間。
 せやけど、アンドロイドは所有されるモノでありながら、基本的に人間に準ずることを、アンドロイドの"人権"憲章は述べとる。

 しかし、それは表向きの話。現実は、大工場の中やら、人目に付かんところではアンドロイドが黙々と働いとる。監督する人間が一人おる以外人間がおらんくて、表情や感情を学習する環境にないアンドロイドたちは無口で無表情。人間らしさの欠片もあらへん。人間と違て疲れん、滅多に壊れん、代えはすぐきくし、金はいらんし、文句も言わん。むっちゃ便利なお道具。
 明文化された法律やっちゅうのに摘発される企業は跡を絶たん。

 アンドロイドの"人権"なんちゅうものは、理性的なヒューマニズムのキレイ事で、至上地位になりたいっちゅー人間の本能とも言える深層意識は変わらん、と俺を作ったオッサンは言うとった。アンドロイドは利他的な動く物、人間は利己的な生く物やとも。

 社会制度っちゅうのはホンマに、無駄と矛盾の塊や。





 謙也さん言うのは、この街で育ちながらも国立の医大を出て今は開業医をしとる、ホンマに偉い人。
 ユウジさんは一日中寝とるだけで稼ぎがない。雀の涙ほど、国から金はもろとるけど、食うて行くんがやっと。介助の人を雇うんにも金がなくて、お兄さんの隠しとったっちゅう遺産で俺を買うた。それまであないボロボロで一人で生活してたっちゅうのが驚きや。
 俺は謙也さんとこで日中はバイトさしてもろとる。元はユウジさんのしとったことやった。

「金ちゃ〜ん、ちょお我慢しといてやぁ〜」
「いやぁぁや〜!堪忍してぇなぁっワイ注射嫌いぃぃ」
 小っさいナリして力の強いゴンタクレの肩をしっかり抑えつけて、椅子に固定する。謙也さんは喚く金太郎を宥めながら、細い注射針を暴れる腕に刺すタイミングを計っとる。かれこれ5分近く奮闘しとるが、一向に金太郎は疲れやん。むしろ謙也さんのが疲れてきてもうて、俺は金太郎の腕を掴んだ。
「金ちゃんちょっと我慢しときや。じっとしよったら三秒で終わんねんから」
 そんまま謙也さんに差し出す。所詮は人間の腕力、俺にとっちゃ赤子の手をひねる具合や。謙也さんはため息一つ吐いて、注射針を刺した。
「ぅあぁあぁぁぁ〜!めっちゃ痛い!めっちゃ痛いぃぃ」
 金太郎が泣き叫んどる間に、あっちゅう間に注射は刺し終わった。いつも怪我で来るときには、へっちゃらな顔しとるくせに、注射んなったらこん始末。他のどんな子どもよりも大袈裟や。
「ほな、終わりやっと。金ちゃん、お疲れさん」
 謙也さんの言葉で、金太郎の腕を放したると、金太郎は恨みがましい目して、掴んだ辺りをさすった。
「光はホンマ優しないわ〜!ユウジのがよかった!謙也ぁ〜なんで今日もユウジやないの?」
「ユウジはまだちょっと具合悪うてお休みや」
「長いなぁ〜、大丈夫なんかぁ〜?」
「金ちゃんが心配してたて言うとくわ。ユウジ、めっちゃ喜ぶで」
「よろしゅう!」

「謙也さん、長話しとるから後ろつまってまっせ」
「あぁ、ほんなら金ちゃん、今日の診察は仕舞いや。お大事に」
「おん!おおきに、謙也」
 次の患者さんを呼びに、金太郎と連れ立って診察室を出る。
「あ〜まだ痛いわ〜!ユウジやったらこない時はアメちゃんくれるんやけどなぁ〜」
 独り言にしては、えらいデカい声。
「やるわ」
 金太郎にアメを差し出す。

「光もアメちゃん持っとんのやなぁ〜おおきに!」
 好きなんを選べばええと思て3つ出したら、3つとも取られてもうた。さっきまでえらい文句言うてたくせに現金なやっちゃ。
 ポケットに毎日2・3個入っとるアメは、出勤する前にユウジさんが入れてくれる。ユウジさんが手伝いしとった頃にはもっと羽振りもよかったらしいねんけど、俺は言われやんとやらん。俺はそない性格や。




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