アンドロイド財前と病床の一氏


be human







「ほな、今週のバイト代。月末やから色つけといたで。ユウジにええもん食わしたってや」
「ありがとうございます」
 茶封筒をありがたく頂戴する。謙也さんの厚意に甘えて、ユウジさんの大好物のオクラをぎょうさん買ってったろと思う。
「せや、来週の水曜あたりに来診すんで。ユウジに言うといてや」
「分かりました、よろしゅう頼んます」
「おう。光も、来週また頼むで」
「はい、それじゃお先失礼します。お疲れさんでした」
「お疲れさん」





 買いモンしてから家に帰ると、ユウジさんは大口開けて寝とった。ガーガーいびきかいとるから、呼吸してるんがよう分かる。
「光くんのお帰りでっせ」
 ユウジさんに声を掛けてみても起きへん。こない時間に熟睡してしもたら、夜眠れへんやろうに、全くしゃあない人や。ほんでも、魘されとるとかよりはよっぽどええ。ユウジさんは寝かしたまんまで夕食作りに取りかかる。

「…ええ匂いいやな」
 最後の一品を盛り付けとる途中でユウジさんが起きはった。
「もうこない時間か…光、お帰り」
「はい、ただいま」
 ただいまっちゅうのは「ただいま帰りました」の略やねんから、ここで言うんはタイミングがおかしいんやけど、どないタイムラグがあってもユウジさんは必ず言うてくるんで、注意するんは止めた。素直に答えたると、ユウジさんは決まって笑顔んなる。それだけでも価値がある習慣なんやろう。

 出来上がった料理を盆に乗せて、ベッドの前に移しといたテーブルに運ぶ。ユウジさんはゆっくり起き上がる。まだ眠いらしいて、目を擦っとる。俺はユウジさんの向かいの椅子に腰掛ける。アンドロイドは食事をとらん。形だけでも食うことはできるんやけど、栄養にはなられへんから、もったいない。最初の頃は、ユウジさんが食事しとる間、俺は別ん作業をしとったんやけど、ユウジさんが寂しい言うてこうなった。効率はえらい悪なったけど、ユウジさんが言うんやから、まぁしゃあない。
「オクラや」
 ユウジさんは嬉しそうに呟いた。ぎょうさん買うたオクラは、これでもかっちゅうくらい入れてやった。いつもより箸が進んどる。買うた甲斐があった。謙也さんに感謝や。
「もう、食べられん」
 まだ半分くらい食事は残っとる。
「もうちょっとも食べられへんスか」
「アカンなぁ。スマン」
「まあ、いつもより食べたしええスわ」
 ユウジさんはオクラだけ綺麗に食べはった。ユウジさんはここんとこ、よう食べれへんのやけど、作る量を少なくすれば余計食べんようなるし、食べてほしいっちゅう気があって、普通の量作っとる。残った分は明日に持ち越し。でも何がしかはアカンようなって捨てられる。ユウジさんは食い過ぎでも戻してまうだけやし、そうなったら体力の消耗が激しいユウジさんには余計に悪い。俺が食えたらええのに。食うたところでただ意味をなくしてしまうだけやから、悔しい。

「ユウジさん、風呂入りますか」
 まだ食べれるんはラップかけて、もうアカンのは捨てて。皿と調理器具洗って片付けて。テーブルとイスを直す。一連の食事の後片付けを終えて、ユウジさんに声を掛ける。
「んー。今日はええ。頭だけ洗って」
「そうですか。歩きます?運びます?」
「おぉなんや、運んでくれるん?今日はえらいサービスええやんか。いつもは『ちったぁ動かへんとホンマに動けへんようなりまっせ』言うて、ケツ叩くくせに」
 声マネでわざと憎たらしいよう言いよる。
「今日はよう食べはったから、ご褒美です」
 気にせんと答えたったら、ユウジさんはつまらん言う顔になった。

「そんなら、おひいさん抱っこがええな」
「恥ずかしいから嫌言うてませんでした?」
「アレはお前が無理やりしたからじゃ。一番楽やから、頼むわ」
 ベッドに仰向けに寝ているユウジさんが、両手をこちらに伸ばす。掛け布団を剥いで、身をかがませるとユウジさんが首に腕を回してくる。背中と膝裏に手を入れて持ち上げた。薄い、軽い体。背は向こうのが小さいのに、金太郎の方がよっぽど力が強い。

 ユウジさんを、わざとヘッドのところを取ったリクライニングのイスに座らせて、浴槽の縁に頭を掛けるように上体を倒したる。散髪屋にある、洗髪台の再現や。そうせんと、ユウジさんは体を支えてられへん。
「痒いとこ、あらへんスか」
「ないで…きもちぃ…」
「ちょっと、寝んといてくださいよ」
 そう言うたんに、ユウジさんは寝てしもた。夕方心配しとったことがあらへんでよかったけど、起こさんままベッドまで運ぶんは難しい。歯は先磨かせといたからよかった。せやけど、髪は乾かさなアカン。この家のドライヤーはオンボロでえらい喧しい。
 まあ、結局俺は出来る子やから、起こさんと上手くやるんやけど。

 ユウジさんをゆっくりベッドの上に下ろし、毛布と布団を掛けたる。寝心地がいまいちやったんか、もぞもぞ動いた。よう寝てはる。

 これから、データの圧縮と、外部メモリへバックアップを書き出したら今日はおしまい。スリープモードで俺もおやすみや。定時か、ユウジさんの呼びかけ、またはトラブルに反応して即時起動するようになっとる。めっちゃ賢い。部屋の電気を消して、端っこに避けた椅子に座ってデータの圧縮をはじめる。俺の目には赤外線を使った暗視スコープが内蔵されとって、光量を感知して自動で切り替わるようになっとる。人間も桿体細胞による暗順応と、錐体細胞による明順応やらあるけど、俺らは見るシステムごと変えてまうから人間よりも性能はええ。せやけど、人間はわざわざ設計して開発せんと、自然からそのシステムを有しとるわけやから、すごい。

「ひかる…」

 ユウジさんの声がして、パッとそっちを向く。ユウジさんは手を突き出して、手招きしとる。パフォーマンスが下がりよるから圧縮を中断して、立ち上がりユウジさんのとこへ行く。
「大丈夫スか。どないしはりました」
「光、寒い」
 こないことはたまにある。
 薄っぺらなユウジさんの体は発熱しにくいようや。今日はよう食べはったからええかと思ってんけど。
「失礼します」
 布団をめくって、ユウジさんの隣りに滑り込む。ユウジさんに背を向けるようにすると、ユウジさんはすり寄ってきた。そんまま、データの圧縮を再開する。俺は機械やから、当然作業をすれば発熱する。あんまり暑いと熱暴走の危険もあるから、長くは入ってられへんのやけど。それに低温火傷も危ないよって、ユウジさんが寝そうな頃を見計らって、布団から出る。
「あったかい…」
 うとうととした声で、ユウジさんが言う。悪い気はせえへん。





 服を買うて来い言われて渡されたんはメンズのファッション雑誌。中を見ると所々に赤ペンでマークしてある。
 俺には一般的に言う美的センスっちゅうもんがあらへん。服は基本的に何でも着られればええし、一番は主人にもらえるモンやったら嬉しい。今着とるんはユウジさんの服。俺とユウジさんは体格にほとんど差はあらへん。非常に経済的や。

 店にはおんなしような服ばっかり並んどって違いがよう分からん。こんな布っきれでこない値段するなん、到底信じられへん。ここって値切れんのやったっけ。ほしたら、出来るだけ安いのがええ。けど、ユウジさんの丸付けたんと似とるのがあらへん。

「すんません、こんなような服、見立ててもらえます?」
 にっちもさっちもいかんから、店員に任せた。
 小石川っちゅう店員は、出来るだけ安く言うたら、懸命にええのを見つけてくれはった。めっちゃええ人やった。せやから、俺も値切るんはやめた。袋がぶくぶくになるほど買い込んだから、小石川はよう喜んどった。


「ただいま」
「おかえり」

 今日はユウジさん、起きとった。ベッドに座って、ベッドヘッドに背中を預けて、本を読んどる。
「おもろいスか?その本」
「まぁ、ボチボチやな」
 ユウジさんは漢字がほとんど読めん。カタカナも時々間違う。平仮名はよう読めるし、好きや。時々、平仮名ばっかりの絵本を買うて来たる。
「服、買うてきましたよ」
「おぉ、どないや?」
 ユウジさんは本をほっぽって、身を乗り出した。
 ぶくぶくの袋から、服を取り出して、プチファッションショーの開催や。小石川の揃えてくれた通りに、ベッドの上に広げる。ユウジさんは目をキラキラさせて見とった。
「光、めっちゃセンスええやん」
「まあ、こないスわ」
 スマン、小石川。俺の手柄にしてもうた。
「そんで、服新調して、ユウジさんはどこへ行かはるんです?」
「え?」
 俺は当然の問いをしたまでやのに、ユウジさんは分からん言う顔。白目の大きい三白眼を更に点にさす。
「何言うてん。これお前の服やぞ。ちゃんとサイズ合わして来たやろな?」
 今度は俺が驚く番や。言われた通り、全て試着はしたけど、俺が着るようになるとは思わへんかった。
「俺の服…?」
「せや。光、かっこええのに俺の着古しなん、もったいないやろ。それに、お前の稼いだ金やんか」
 俺を着せ替え人形にしよるやつは今までにもおった。そないやつらはみんな自分も派手に着飾っとる。ユウジさんなん、今着とる服、首が伸びてもうてヨレヨレなんに。俺なん、機械やから見た目なん気にせえへんのに。アンタっちゅう人は。
「光…、笑とる」
 言うて、ユウジさんは笑った。昔、主人だった人の子どもを思い出す。クリスマスにプレゼントもろて、めっちゃええ笑顔を浮かべた。
俺の稼いだ金やけど、それはユウジさんの為。俺は充電さえ出来れば後はほとんど困らん。ユウジさんが、俺のために、プレゼント。こない気持ち、はじめてや。

「大事に、着るんやで」
俺は素直に頷いた。




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