丸井と切原
あかいゆびわ



 盲愛という言葉があるように、丸井先輩が仁王先輩に傾ける愛情は一途で、無闇で、少し壊れたものだった。それは、盲執とも言えるかもしれない。例えば仁王先輩が丸井先輩に、今日は2と4と9しか使ってはいけないと言えば、丸井先輩は何の疑問も持たずに従い、2と4と9だけで一日を過ごしただろう。馬鹿みたいな話?
 でも、丸井先輩にはそれが出来たんだ。
 仁王先輩の為なら。
 だから、仁王先輩を失った時の丸井先輩は酷かった。でも、だからこそ俺が仁王先輩の後釜に入れたんだけど。丸井先輩にとって俺は、仁王先輩のいなくなった場所を埋めるただの物体で、丸井先輩の頭の中には今も仁王先輩がそこにいることになってる。俺が笑っても、丸井先輩の頭の中では仁王先輩が笑ってるんだ。でも、仁王先輩に比べて俺は、見劣りするし、頭も悪い。身長も足りないし、目は鳶色じゃないし、髪は黒くて柔らかすぎる。丸井先輩が望むものは、何一つない。時々、現実に覚めてしまう丸井先輩の目に浮かぶ悲しい色に、心が深く沈む。


 丸井先輩が俺を殴る時はいつも泣いている。きっと、本当は愛に満ちた心が、俺の存在によって苛まれているんだろう。仁王先輩が目の前にいない寂しさと、何の罪もない筈の俺を殴ってしまうことの罪悪感とで、板挟みになっているんだ。それが分かっているから、頬に走る痛みを愛しくすら思う。そして、今も丸井先輩が仁王先輩に抱く恋情を、妬ましく思う。丸井先輩の頬を伝う涙を飲んで、俺の為だけの涙にしてしまいたい。
 でも、俺に罪がないなんてことはない。仁王先輩を失って、悲しみの淵に沈んでいる丸井先輩に、俺は打算的に声を掛けた。本当の気持ちは隠したまま、先輩がどうしたって罠に落ちるように、仕組んだ。丸井先輩の仁王先輩を思う気持ちに付け込んで、代わりだとしても、この場所を手に入れた。そして、今もこうして苦しめている。これで俺に罪がないと言えるだろうか。


 下顎にズキンと残る痛み。擦りながら、隣りを見ると俯せに寝ている丸井先輩。目の辺りのシーツが濡れている。
 事を終えた後、丸井先輩は酔いから覚めたその大きな眼で俺の目を覗きこんで、眉を顰めると涙ぐんで頬を打った。その衝撃で、少し視界が揺らぐ。痛いけど、平気だ。丸井先輩は俺の頭を両腕で抱え込んで、ごめんな、と小さな声で言った。丸井先輩の流す涙が、打たれた頬に落ちて、その傷を癒す。
 膝を抱えて、その寝顔を見る。髪で隠れてよく見えないけど、多分悲しそうな顔はしていない。その事に安堵する。

 せんぱい、すき。あいしてる。

 声は出さないで、心の中で唱える。丸井先輩を騙すために、本当の気持ちは伝えなかった。本当の気持ちを伝えてしまえば、丸井先輩の愛に満ちた心が咎めて、こんな事はいけないって、きっと丸井先輩は俺の元を去ってしまう。

 ベッドの下でぐしゃぐしゃになったチノパンを拾い上げて、右の小さいポッケから中身を取り出す。二つの、ゆびわ。丸井先輩の髪の毛の色の様な、深いあかの。
 一つを自分の左手の小指にはめて、もう一つを、顔の横で軽く握られている丸井先輩の右手をとって、小指にはめた。丸井先輩の小指のサイズを知らないから自分のと同じサイズにしたら、少し緩かった。小指と小指を結ぶ、赤い糸の真似ごと。小指を並べると、そこだけ丸井先輩の血が通ったみたいに感じた。


 起きたら丸井先輩は、呆れて笑うかもしれない。馬鹿みたい、ってすぐに外しちゃうんだ。それでもいいよ、俺はこの瞬間を忘れない。たとえ、丸井先輩の心は仁王先輩に奪われたままでも、今この瞬間だけは俺のものだ。

 この瞬間を描けば、打たれた頬も痛くない。



2006 町田


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