切原と丸井・拍手・パラレル
花緑青



 赤也の瞳は美しい、花緑青に透ける。

 赤也は特殊な体質で、興奮すると白眼が赤く染まり、激昂すると肌や髪の色まで変わる。赤也は貧しい農家の生まれで、この体質を気味悪がられてまだ幼い頃に売られてきた。この見世物小屋には他にも、器用に声真似をするユウジや、変幻自在に姿を変えてしまう雅治などもいたが、俺が一番仲が良かったのは赤也だった。

「ブン太さん」
 鉄格子の向こうから赤也に声をかけられる。常設の見世物小屋である立海興行社は、見世物を披露する舞台の奥に見世物が住む部屋を設けている。それぞれ個室になっているが、窓は鉄格子で、外から鍵がかけられるようになっている。そのため、厠で用を足すにも人の手を必要とする。
「なに、赤也」
 鍵を手に傍へ近づく。赤也と鉄格子越しに向かい合う。
「別に用はねぇけど、一緒に話しましょうよ」
 環境のせいで赤也の言葉遣いはめちゃくちゃだ。赤也や、ユウジや、雅治たちは人間とは呼ばれない。鸚鵡や、曲芸をする犬などと同様に見世物と呼ばれる。俺はこの見世物小屋の息子で、人間と呼ばれている。だから当然彼らには嫌われている。
 たとえ、俺は同じ年頃の彼らと親しくなりたくても、そこには越えられない壁がある。向けられる嫌悪や、睥睨(へいげい)に気押され、まともに話すこともできなくなってしまった。その中で唯一親しく話しかけてくれるのが赤也で、俺なんかと仲良くしてくれる。

 俺は赤也の瞳が好きだ。不思議な色をしている。じっと見つめると、赤也はうつむいてしまった。
「そんなに、見ねぇでくださいッス」
 耳が赤く染まって、照れているのだろう。
「なんで、もっとよく見せてくれよ。きれいで、素敵だよ」
 鉄格子に手を差し込んで、赤也の顔を上げさせる。いつも俺に触れたがるのは赤也の方だから、俺から触ったことに赤也はひどく驚いていた。目が真ん丸に見開いて、その隙にまじまじと見つめる。
「そんな風に俺のこと見んの、ブン太さんだけッスよ」
 赤也の頬に添えた俺の手に、赤也が手を重ねて言う。
「目が赤くなったり、髪が白くなったりすんのを面白がって見る人はいっぱいいるけど、きれいだなんて言うのアンタだけだ」
 変だって赤也は笑う。それでも、きれいなものはきれいだ。
「何ていう色なんだろ」


 俺には年の離れた弟たちがいる。それというのも、俺は今は亡き先妻の子どもで、弟たちは今の義母の子だ。弟たちはまだしも、俺は義母と折り合いがよくなかった。
 …そして、俺が養子に出ると決まったのはつい先日のことだった。養子に出る先の主人は、珍品を集めるのが趣味だという変わった男らしい。俺は生まれつき髪の色が赤い。母も父も黒髪であるのに、俺だけ変わった色をしていた。それでも、亡くなるまで母は腹を痛めて生んだ俺を大事にしてくれた。しかし、この変わった髪色が、義母には気に食わないのだろう。そして、見世物たちにとっても。俺は本来、見世物として扱われる側なのだ。それを息子だからといって、人間として扱われる立場にいる。恨むのも、蔑まれるのも当然。今回のことは、天命なのだと悟った。

「赤也」
 鉄格子の向こうに声をかける。壁に寄り掛かって座っていた赤也は、俺に気付くと笑顔でこちらへ寄ってきた。
「どうしたんスか、ブン太さん」
 俺をまっすぐに見る、美しい瞳を見つめる。
「赤也の目の色、花緑青って言うんだって」
 昨日、露店で売られていた日本画が目に付いた。立ち止り、日本画を売っていた青年に、使われているきれいな緑色が何という色なのか聞いてみた。
「ハナロクショウ…ってどうやって書くんスか」
 その時に書いてもらった紙を、赤也に差し出す。赤也は受け取ると、紙面に花緑青の目を落とした。
「なんか、よくわかんねぇけどきれいな名前ッスね。俺の目の色なんて嘘みたいッス」
「うん、きれいだろ」
 青年の描いた絵は、花緑青だけを使用したどこか寂しい絵だった。孤独。それが故の、美しさがある。赤也の目と同じ色。
「赤也、耳をかして」
 俺はきっと、赤也が好きだったのだろう。
 青年から買った絵を、赤也の代わりに養子先に持っていく。
 赤也が、右耳をこちらに傾ける。本当は、好きだと言ってしまおうと思った。けれど、いなくなるものが、もう二度とは戻らないものが何を残してもそれはただの遺言だ。

 花緑青の瞳が、光に透ける。
 その眦(まなじり)に接吻をした。



おわり


20100101 町田




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