財前と一氏と金色・□つづき



 二、三日は完璧動けんかった。兄ちゃんには顔を腫らしてたんを見られてしもて、やたら心配されたから、男にはやらなアカンときがあるんやでって言うたら、せやったんかってアホな兄ちゃんは納得しよった。ありがたいお節介で、おかんとおとんも説得してくれて、部活を休むっちゅう連絡してくれたし、顔の筋肉をあんまし使わんでエエように味のうっすいおじやも作ってくれた。ホンマはヤラれなアカンときがあるって言うたろ思ってんけど、笑われへんからやめた。

 泣きながら目が覚める。シーツをギュッて握りしめとって、あの日を思い出させる。こうしてオノレで最悪のシーンを繰り返しとるから、いつまでもアカンのやろな。せやけど、夢ん中追いつめられて、縋りつけるもんが他にない。無力な布切れ一枚に縋ることやって、ギリギリや。
 助けてほしい人は、現実そこにおらんかった。でも、夢なんやからそこらへん融通してくれたってエエのに。今はずっと遠いとこにおるから来られへんのはしゃあない。せやけど、オレが見とる夢なんやから、奇跡かて起こしてくれてもエエんちゃう。

 な、小春。ホンマはオレ、知っとんねん。お前がオレんこと、ちょっぴしも恋愛感情で見てへんてこと。せやけど、オレ、お前が好きでしゃあない。こんなとき、お前に縋りつきたくてしゃあない。小春にあげたかったもん、みんな奪われてしもた。どない考えても財前んことなんもう、好きになんかなれんわ。

 小春、お前とオレはそれぞれ存在する一点で、その間をちょくせんが繋いどる。オレから見れば、ベクトルはお前に向かい、そのベクトルには恋って名前がついとる。お前から見れば、それはオレに向かい、友情って名前がついとる。ベクトルは一致せん。そして変化のないまま終わる、不毛な関係。
 財前がおらんかったとしても、それは変わらんのやろう。


 やっと動けるようになって、オレははるばるU-17の合宿地である山ん中に来た。小春に会いとうて。
 運よく施設を取り囲むフェンスに穴を見っけて忍びこむ。球の弾む音のする方へ向かえば、コートがあった。そこは高いフェンスで囲まれとって、今度は穴を見っけられんかった。
 愛しい姿を見っけて、フェンスに近寄り、指をかけた。
「小春…」
 呟いてみる。気づくわけあらへんけど、気付いてほしいと願った。闖入(ちんにゅう)した身で声は張り上げられへん。必死に祈った。
「ユウくん!」
 体が疲れて、だるい。座ってまうかと考えとったところに声がかかる。目を上げると、小春がオレのところに駆け寄って来とった。
「どないしやんやぁ、こないだ来えへんかったやんか〜」
 心配そうな顔、声音で小春が言う。オレを労わってくれるんが、嬉しくて笑顔を浮かべる。
「ごめんなぁ、小春」
「どない、したん…それ」
 顔の筋肉がひきつって上手く笑えへんかった。殴られたせいで、表情もしばらく作れんかったからや。せっかく小春に会えたんに、みっともない。バンダナずり下げて隠すようにしとったんに、バレてしもた。
「何でもないで、」
「ユウジ!」
 小春の顔が強張る。呼び捨てにされんのは、ホンマに怒っとるっちゅう証拠で、せやけどオレは絶対に口を割らんと思う。
「何でもあらへん」
 そう言って首を振った。オレが頑ななことにショックを受けたみたいな小春は、それでもそれ以上聞かんで、代わりにオレのフェンスにかけた指を撫でてくれた。小春の手はあったかくて、優しかった。間にあるフェンスが、オレと小春を監獄みたいに隔てとる。きっと、オレを隔離しとるんやと思った。

「小春…、こはる」
「なぁに?ユウくん」
 小春はずっと、優しく撫でてくれる。オレは泣きそうやった。嬉しい、悲しい。両方合わさって変な涙が出そう。
「こはるぅっ…!」

 いつもなら簡単に言えるんに、好きっっちゅう言葉が喉につっかかって出て来えへん。出そうと思えば、吐き気がこみ上げてくる。
 オレの小春に対する好きと、財前の言った好きは同じ。財前が何度も言ったその言葉は、汚れとるように感じてまう。それを小春には言われへん、オレは、汚いから尚。綺麗な小春は汚せへん、オレを好きにならんのなら尚。
 好きっちゅう言葉も財前に奪われてしもた。

「小春、こはる、小春」
 狂ったように、名前しか呼ばれへん。小春は困った顔でオレを見る。
 好きや。ホンマに。
 伝えられへんのが、もどかしい。
 フェンスに阻まれとるんが忌まわしい。
 せやけど、伝えられへんし、傍になん、行けへん。
 オレは小春が好きやから。

 小春にみぃんな、あげたかった。
 もう、過去形になってしもた。




ちょくせん


091207 町田


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