財前と一氏と忍足・△つづき



『なぁ、あの一年何ちゅう名前か、分かるか』
『ん、どれや』
『あのピアス、ごっつ開けとるヤツ』
『あー、何やったかな。ぜんざい?ちゃうな、財前やったかな』
『財前、言うんか』
『せやったと思うで。どないしたん』
『んー、なんかな、オレんこと睨んどる気すんねん』
『ホンマか?勘違いとちゃうん』
『せやったらエエけど、…あの目嫌や』


 確か、そう言ってユウジはコートに戻ってった。その後行われた白石とユウジの試合を見とる最中、ふと財前の方を見てみた。したらヤツはえらい真剣な目して、試合を見とった。そりゃあ先輩が試合しとんのやから、真剣に見とんのは普通のことやけど、ユウジにそんなん言われた後やったから、意味ありげに見えた。せやけど、オレはアホやからすぐに忘れてしもた。

 そない会話、とっくに過去の彼方やったんに、思い出したんはこの財前のせいや。U-17の合宿地に、残念ながら選ばれんかったヤツらが応援に来てくれた。それはエエんや、けどそこにユウジがおらんかった。小春は静かでエエなん言うてたけど、オレは何や胸騒ぎがしてたまらんかった。小春が、ユウジが来えへんことを知らんかったんや。尋常やない。来えへんのやったら、ユウジはうるさいくらいに小春にメールなり、電話なりするやろうに。何があったんやろか。


「財前、ユウジは来てへんのか」
 応援しに来たんと違うんか!て、ツッコミたくなるほどアホ面でベンチで惚けとる財前に聞いた。ベンチは三人掛けやっちゅーのにど真ん中に、ぐでっと座っとるコイツは、ホンマに生意気や。顎をしゃくると、ノロノロ移動してオレが座るスペースを開けた。ドカッと座ると、嫌そうに眉をしかめた。

「あぁ、来てへんスわ。まぁ、来られへんでしょうね」
「はァ?何言うとるん」
「小春先輩に会われへんでしょう。アレじゃ」
 財前はトリップしとるみたいで、会話が全く要領を得ん。ユウジがなんでおらんのか知っとんのは確かなんやろうけど、はぐらかされとる気がする。
「なんで小春に会われへんねん」
「ひっどい顔しとるからスわ」
「はっ?なんでや」
「殴られたからです」
「はァーッ?!誰や、殴ったん!」
「オレ」
「…は?」
「せやから、オレです」
 意味が分かれへん。なんで財前がユウジを殴るんや。財前を見たとこ傷一個も見つかれへんから、一方的だったんと違うか。カッとして、財前の胸倉を掴みかかった。せやけど、財前は無抵抗で目もどっかトリップしたまんまやった。

「殴っただけやのうて、犯しました。強姦や、レイプやって、ユウジ先輩、叫んどった。可笑しいっスわ」
 頭ン中、真っ白になる。財前はやるせなく笑ろて、咄嗟に拳を握ったんに、殴られへんかった。

 犯したって何や。強姦て、レイプって何や。立派な犯罪やないかい。何が可笑しいねん、可笑しいって言いながらなんでそない顔すんねん。愉快犯やったら、もっとおかしげに笑ろたらどうや。
 掴みかかっとった襟元を乱暴に離した。力の入っとらんかった財前の身体はドサッとベンチに倒れこんだ。

「ホンマ、意味分かられへん!お前何してんねん?!何やねん!」
 混乱して、頭を掻き回す。オレは白石みたいに頭がエエ訳でもないし、千歳みたく人生達観してへん。中坊のクソガキにはキッツイ話や。
「ホンマ、何やねん…」
 オレが頭を抱えた横で、財前は仰向けのまま、抜けるように青い空を見とる。

「知ってますか。あん人な、優しいしてくれる人やったら、誰でも好きんなんねん」
「何の話や…、」
「あん人、頭悪いんスわ。アンタのこと、好きやった時もあんねん」
「うせやん!」
「ホンマです。知らんかったんや?せやろなぁ、謙也さんようモテはるもんな、ノンケやろうし。あの人笑いながら離れてったんとちゃう」

 せや、あの話した時には、オレとユウジは今より仲良うしとった。入部して初めて喋ったんが、互いやったからや。それが、今ん距離になったんは何でやったんやろうか。分かれへん。やけど、自然のことやと思とった。一緒におるツレが変わるんは、大したことやないし。ユウジが次第に小春と仲良うなっとったからやと思とった。
 せやけど、思い出してみたら、オレにオンナが出来た頃かもしれへん。ユウジが傍におれへんようになったんは。

「優しいしてくれるんやったら、誰でもエエねん」
 太陽がギラギラしとる。財前は日差しを避けるように、左手の甲で目を覆った。

「オレかて、好きんなってくれんのやったら、ナンボでも優しいしてやりました」
 懺悔しとるみたいな声やった。財前らしいない、弱そうな声。
「せやけど、オレは初めから、選択肢に無いねん。選ばれようがない。オレは、初めて会うたときからあん人んこと、好きやったんに」
せやった。ユウジが財前ん名前知らんかった時から、財前はユウジんこと真剣に見とった。

「なんで、オレだけ選ばれへんねん!なんで、オレだけ好きにならへんねん!」

 財前は勢いよく、目を閉じとるのと反対の手で、ベンチの背に拳を叩きつけた。振動がオレの体にも伝わる。泣いとんのやろう、声が震えとる。
「アンタ、ズルイっスわ。今でもユウジ先輩、アンタんこと好きやねん。小春先輩の何分の一やけど、ユウジ先輩ん心持ってんねん」
「財前…」
「オレにくれよ、いらんのやったら。オレはもう、あの人に好かれる可能性は一ミリも無いねん。いらんのやったら、くれよ!」


 不意に心を満たしたんは、優越感やった。財前が泣いとるんは、滑稽で可哀想やった。
 ユウジが離れてって虚無を感じんかった訳ではない。それが、今でもユウジの心の一部を持っとるっちゅーこと、知って喜んどるオレがいた。 財前を見下して喜んどる、オレがいた。

 無関係の四点が結ばれて、いびつなしかっけーを作る。
 しかっけーがどうなるんか、オレにも分からん。


 あぁ、可笑しいなぁ。可哀想な財前。



しかっけー

20090821 町田


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