幸村と仁王
月曜日のセンチメンタル



 今年の誕生日は月曜日だ。去年は日曜日。それ以前は覚えていない。
 去年の誕生日は忙しかった。提案して来たのは幸村で、有無を言わせず連れていかれた。家族連れや恋人たちの中で、175cmもある男が二人きりで入場ゲートに並ぶのはさぞおかしな光景だろう。俺は恥ずかしくって仕方がなかったのに、幸村は平気で笑っていた。一日中いたというのに、結局乗れたアトラクションは2つほど。平日でも人が絶えないというのに、休みの日とあれば超満員が当たり前だ。パレードも碌に見れなかったし、並んでいただけで疲れた。
 日曜日は、翌日の月曜日に向けて現実に帰って行く人間の波でプラットホームが洪水になる。ここでも延々待たされて、人気の引いたところで電車に乗り込む。その頃には車内も座席もスカスカ。誰もいない席に悠々座ることができる。電車の揺れは元から眠気を誘うものだけど、人のいないことで生まれる静けさが更に強く眠りに誘う。うとうとして、フォーカスがぼやけてくる。頭のどこかでプツリと言う音がして、頭が傾き、眠りに片足を踏み入れた時、幸村が言葉を紡いだ。その為に俺は、踵を返さなければならなかった。
『今、0時回った』
 意識はどうにか保ったものの、体の力が抜けてしまって頭がそのまま傾いていって幸村の肩に乗った。退けようと試みたがどうにも動けないでいると、幸村は察したように『そのままでいいよ』と言ってくれた。
『もう誕生日終わってしもたんね…』
 幸村が頷いた揺れが、頬骨に伝う。本当に残念に思った。待ち時間ばかりで、長い一日ではあったけれど、もう終わってしまう。
『俺、疲れてくたくたになって乗る電車が好きなんだよ』
 幸村の声は静かで優しいから、子守歌のようだ。瞼が重くなるのを、幸村の頬の稜線を眺めるので忍ぶ。
『それも深夜で、電車の揺れに微睡むのが好きなんだ』
それは、今まさにこの状況だ。
『うん』
『だから、本当はランドなんてどうでもよくて、この時間をお前と過ごしたかったんだよ』
 途端に目が覚める。肩から顔を上げて幸村を見ると、幸村はこちらを向き、目が合うと微笑んだ。幸村は大した策士だ。休日の夢の国は、疲れるには絶好の場所だ。 もしかして、自分はマゾかもしれない。幸村の作ったこの状況がとても心地よくて、幸せだと感じる。

 その日の学校がどれだけ俺を退屈させたか、分かるだろう。


 …でも、それでもマシだったのだとよくよく思い知らされた。今年なんて酷い。今日は月曜日で、幸村はいない。
 今年提案したのは俺だったけど、幸村に却下された。幸村は、国連における常任理事国よろしく俺に強い拒否権を持つ。だから、渋々承諾した。
 幸村は、学校をサボるのも、部活動を怠るのも、俺のために良くないと言った。そもそも幸村は絶対安静であるから、そんなことは出来なかったのに、幸村は真剣にそう諭した。今日が日曜日だったら彼はきっと、規則を破ってでも快諾したのだろう。幸村はやはり策士だ。

 月曜日にはセンチメンタルになる。昨日が昨日で有る限り、日曜日で有る限り、いつまでだって夢の世界にいていい。そこには彼がいて、微睡む時間を一緒に過ごす。けれど、月曜日には帰って来なければいけない。そこには彼がいなくて、退屈な平日の始まりしかない。
 この部活が終わる頃には面会時間は終わってしまって、声すらきっと聞くことが出来ない。


 どうして幸村はここにいない?
 月曜日のセンチメンタル


2006 町田







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