仁王と丸井 鸚鵡と白鳥 紅白でめでたいから誕生日は一緒に過ごそうと、仁王雅治は丸井ブン太に提案した。何が紅白なのかと丸井は一秒俊巡して"ああ、頭のことか"と気が付いた。頭の悪いクラスメイト(一応友達)から鸚鵡(オウム)と白鳥と馬鹿にされること早一年。しかし相変わらず互いに鸚鵡と白鳥を貫いていた。示し合わせたでもなく二人は入学前にそれぞれの髪色を染め、入学式ではたまたま隣に居合わせ、共に生徒指導の教員に叱られた。叱られたことに反感を持った丸井と、叱られたが今さら染め直すのが面倒な仁王は、その後も髪色を元に戻すことはしなかった。その内に鸚鵡と白鳥とあだ名され、すでに各々のアイデンティティと化したため、プリンになってはお互い染め直している。"自分のプリンはブリティッシュパンクだが、仁王のプリンはなんかショボい!"と丸井は内心思っていた。周りはどっちもどっちだと思い、仁王はどうでもいいと思った。それなりに話もノリも合い、一緒にいることに不快感はなかったので、何となくいつもセットでいる。部活が同じせいもある(しかし同じダブルスにはなりたくないと互いに思っている)。そういえば入学式の日に生徒指導の教員に呼び出されるとき"垂れ幕コンビ"と言われ、体育館の壁に掛けられた垂れ幕を二人して見ていた。めでたいには違いない。一緒に過ごそうと言われて、了承する理由はない。ただし断る理由もない。ついでに彼女もいない。彼女もいないから断る理由がないのだけれど。 今年の丸井の誕生日は日曜日、休日である。そして、前日の土曜日には部活がある。月曜日を一週間の始まりだとすると、この一週間をほとんど仁王と過ごすことになる。"仁王スペシャルだな"と思いながら、金曜日の丸井は了承した。 土曜日の丸井は部活に参加し、仁王にシングルス戦を申し込み、負けた。悔しかったが、寝たら忘れた。 日曜日の丸井は休日にしては早くに目が覚めた。"一緒に過ごそう"と言われただけで、具体的な約束を何一つしていないことに、夢の中で気が付いた。夢の中で丸井は、仁王にホテルのバイキングへ招待されていた。仁王は実は財閥の御曹司で、その系列に超高級ホテルがあり、仁王は年中入り浸り放題だ、という隠し設定付きだった。 "なわけねー!仁王の父ちゃん建設業だから下請けだし!てか会ったことあるし!" そう思ったところで、丸井ははたと気が付いた。今日自分達は一体何をするのか、と。むしろいつ仁王と接触するのか、と。メールをしようと思い、ベッドからサイドボードに手を伸ばす。ケータイを手にした瞬間に文字を打つのが面倒になったので、電話することにした。丸井から発信してばかりなので(仁王はしょっちゅう行方不明になり、何故か丸井が連絡を頼まれる。それも、生徒だけでなく教師からも)、発信履歴を呼び出し素早くコールする。二度目の呼び出し音が鳴ったとき丸井は"俺のケータイ代がかさむの、仁王のせいじゃねぇか!"と気が付いた。 『何じゃいワレ』 仁王が物騒な言葉で電話口に出る。余りにドスの利いた声だったので、丸井は一瞬怯んだ。 「何だよ機嫌悪ぃな!てか今日何時に会うの!」 『何じゃ、丸井か。姉ちゃんかと思ったぜよ。マナーにしとったし着信見んかった』 「なんか姉ちゃんに対して口汚いな、お前」 『あの女、"土産土産"ばっか言うてうるさいんじゃ。自分バイトしとるくせ、無職の中坊にたかりよる。むっさ極悪』 「ふぅん。てか、んで何時に会うんだよ!」 『もうお前さん家に向かっとる』 「えっ!お前、俺ん家知ってんのかよ!」 『知っとるよ。国から番地まで』 「国とか!誰でも分かるし!」 『てかもー着いた。丸井くんドア開けて』 唐突に言われて、さらに通話を切られた。耳にプーップーッと言う音が響くと、丸井はケータイを閉じ、自室のドアを開け払ったまま階段を滑るように駆け降りた。 「はよーさん」 「てかねぇ、来る前に連絡しよぉぜ」 仁王は黒のジャケットを羽織り、完璧かっこいい格好なのに対して、丸井はジャージにTシャツのお休みスタイル。 「すぐ着替えてくっから待ってろぃ」 そう言って丸井はまた家の中に入っていき、ものの5分でまた出てきた。ワックスを付けた手で頭をこねくり回している。ピンクと水色のチェックのネルシャツが可愛らしかった。 「お待たせお待たせってか、仁王ってママチャリ似合わねぇな!」 仁王は黄色い自転車に跨がっている。 「これはお袋んの。俺んのはぶっ壊れた」 「へえ」 丸井は他の自転車に乗っている仁王を想像してみたが、どうもどれもしっくりこないと思った。まだスクーターやバイクのほうがマシ。しかしそれにもまだ一年、もっとしっくりくる車にも三年ある。"いや、仁王はまだ誕生日来てないから二年と四年だな"なんだか急に年を取ったのだと実感した。 「さてっと、丸井」 そう言うと仁王はケータイを取り出した。 「マクドかケンタかモス、どれか選びんしゃい。貧乏中学生が奢っちゃるけぇ」 「え、誕生日にしちゃなんか安くね?」 「貧乏じゃ言うたろ。奢るだけ有難く思いんしゃい。ケータイクーポンがあるんじゃ」 「えーじゃあ、モスだな。匠味頼んじゃうもんね★」 「お前…」 とりあえず、二人はモスのある駅の方向へ歩き出した。駅前に駐輪することは至極困難なので(公共のルールを正しく守って駐輪場へ駐輪する場合)、黄色い自転車は丸井宅の庭へ置かれた。道中は普段と同じくくだらないことを延々と喋った。誕生日だからといって別段何があるわけでもない。特別な会話を必要としない関係は楽だ。 モスとマックとケンタはすべて駅周辺にあるが丸井の家からはモスが一番遠かった。食べ物に嫌いがない丸井だが、距離と金額を考えて普段はあまりモスに行かない。それを考えれば少しは誕生日らしいかもしれない。自動ドアをくぐり、レジに向かう。 「んで丸井、匠味でええの?」 「や、やっぱ高いだろ?クーポン何があるのか見せろぃ」 仁王が片手に持っているケータイに手を伸ばしたが、その手は遮られた。 「ええよ、お前さん誕生日じゃろ。値段考えなくてええ」 「えーえー!マジ?えー、オニポテにサラダにさらにデザートまでつけちゃうよ?」 「ん、ええよ」 「てか、匠味チーズにしちゃうよ?いいの?めっちゃ高いよ!」 「ええけど、まあ、とりあえずオニポテは俺の分で我慢してくれ」 「わーわー何、仁王クン超太っ腹なんですけど!」 至れり尽くせりで丸井は興奮した。そのやりとりにレジを担当していた女の子は少し笑っていた。仁王は自分のと合わせて注文した。普段自分が利用するときには見ることのない金額だが、躊躇(ちゅうちょ)のないふりで財布から金を出す。ケータイクーポンは結局使用しなかった。 窓際のラウンドテーブルにつき、バーガーが運ばれてくるのを待つ。丸井は記念すべき初匠味チーズを写メするのだとケータイを手に意気揚々としている。その様子を、仁王は頬杖をついて見ていた。その内にお目当てのものが運ばれてきて、丸井は自分の注文(と仁王のオニポテ)をきちんと並べて、一人写メ撮影会を始めた。パシャパシャと何枚か撮ると、文字を打ち出す。仁王が誰に送っているのかと尋ねると、母親だと丸井は答えた。 「丸井、美味い?」 「うん」 もぐもぐと丸井は匠味チーズを頬張る。 「丸井、嬉しい?」 「うんうん」 「丸井、おめでと」 「ありがと」 丸井に尋ねる仁王は笑顔で、嬉しそうだった。 「丸井、紅白でめでたいから付き合わん?」 「えっ?」 「俺と、お付き合いしませんか、て言うたん」 丸井はいきなりの言葉に目を丸くした。仁王は自然に言ってみたつもりだが、丸井のバーガーを食べる手が止まっているのを見て、失敗したかと思った。 「それって、俺が好きってこと?」 「ああ」 丸井が言うと、仁王は珍しく頬を染め、それを丸井は好ましく思った。 「俺のこと甘やかしてくれる?」 「あ?ああ、うん。丸井がそうしてほしいなら」 「んじゃ、お付き合いする」 丸井は彼女がほしくないかといえば、どちらかといえばほしかったが、彼女とは言わずに恋人と言うならば、仁王でもいいかもしれないと思った。仁王といるのは心地よい。男同士であるとか、問題はいくつかあった筈だが、丸井はそれに考えが及ばなかった。聞いた瞬間、その言葉に不自然を感じなかった。タイミングには驚いたが、嫌悪感などはなく、むしろ有りだと思った。甘やかしてくれるのならば、何より。 仁王は拍子抜けした、という表情を作っていたが、すぐに笑顔になった。 「鸚鵡さんは白鳥んこと好きになってくれんの?」 仁王が訊く。 「白鳥さんの努力次第」 丸井は笑った。 「丸井、ホンマに誕生日おめでと」 めでたい二人ならきっと、いいことがあるよ。
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