切原と丸井 生まれた時刻って分かる? 俺は分からないから、素直にそう答えたよ。 そしたら、9時25分を生まれた時刻にしようってあの人は言った。 それじゃあ、先輩の生まれた時刻は祝えないねって言ったら、揚げ足取りって軽く蹴られた。 つまらない授業はサボリで、二人して屋上へ逃避行。まだ日差しは暑くて、けれど風は少し冷たい。夏の名残か、秋のはじめか、曖昧な季節。足の先だけ陽向に出すように壁に背を凭れて座れば、その脚の間に先輩は座る。胸に体重を預けてくる体に、腰へ手を回して前で組めば、俺は先輩専用の椅子になる。他にも椅子になるにはパターンがあって、検定があったらきっと上級を取れると思う。その名も「丸井専用人間椅子検定」だ。その中でもこの格好が一番好きだ。腕を引き寄せれば二人の距離はマイナスになりそうなほど近づくし、先輩の頬にキスだってできる。難点があるとすれば、時々愛しくなりすぎて、腕に力が込んで、抱き潰してしまいそうになること。だからほどほどに、先輩の大好きなコットンキャンディで包むようにしてあげる。 先輩はスケジュール帳を広げる。今月はベリーのタルトがたくさん描かれているページだ。表紙のドーナツが美味しそうだからといって買ったスケジュール帳。中にもふんだんにスウィーツの絵が描かれていて、先輩は満足そうにしていた。赤と白のストライプに踊るベリーのタルト。赤也の誕生月だから、ページも赤いねって女の子みたいなこと言って先輩は喜んでた。先輩の4月は、紫と白のストライプに踊るコットンキャンディ。まぁ美味しそうだからいいけどね、ちょっと残念そうだった。 25日には星が描いてある。ハートにしないのって聞いたら、恥ずかしいからいいって答えた。スケジュール帳可愛すぎないって聞いたら、美味しそうだからいいって答えた。先輩の価値基準は甘い。 「何すんの?」 先輩の顔の横から覗き込んで言う。 「予定を書くに決まってるだろぃ」 筆箱を漁って水色のペンを取り出す。そして、20日のところに『5ヶ月記念日』と書き込んだ。先輩の誕生日から付き合いだしたので今月で5ヶ月目。 「過ぎちゃってるじゃん」 突っ込めば、少しムッとした拗ねた声で先輩は答えた。 「今日合わせて祝うからいいんだよ」 それからページを一枚めくって、10月20日に『半年記念日』と書いた。 「この日はフレンチでディナーだから」 『半年記念日』の下に『フレンチディナー』と書き込む。キラキラと飾りも飛ばす。 「え、本当に行くんスか」 二人でいる時はタメ語、と決めているのに、つい体育会系敬語になってしまった。先輩は可笑しそうにケラケラ笑って、漸く今回の主旨を明かした。 「今日は、赤也の誕生日だから我が儘言ってよし。そんで、やりたいこと全部書き込んで、本当にならなくてもいいから、毎日埋めよ」 先輩は柔らかく微笑む。パラパラとスケジュール帳をめくると、来年の三月までで終わってる。卒業式って書かれたマスが見える。 ちょっと、切なくなる。 「それ、楽しそうだね。じゃあ、明日はシーに行こ。そんで、一回転のヤツ乗りまくんの」 「よし、そうすっか」 パラパラとページを戻して、9月26日に『シー』と『RS乗りまくり』と書く。27日には先輩が『タワレコ』と書き込んで、28日には俺が『フルーリー』と書いた。 「なんか、シーはいいけど他が小さいな〜」 先輩が呟く。タワレコなんて駅ビルに入ってるもんな。 フルーリーだって帰り途中。 「じゃあ、28日から一週間ハネムーンでハワイに旅行ね」 『フルーリー』にバツをして、『ハワイ』と『ハネムーン』を書く。『ハワイ』から線を引っ張って、翌月の2日まで矢印。 「赤也、ハネムーンの意味分かってないだろー。結婚しなきゃハネムーン旅行は出来ないぜ」 先輩が『タワレコ』にバツをして『結婚式』と書く。場所は『ランドマークの最上階』らしい。馬鹿は高いところが好きってことかな。 「ついでに、これしなきゃな」 星が書かれた今日のマスに『法改正』、『男子は14歳で婚姻可』、『同性婚許可』と書く。抜け目がないな。 「じゃ明日は、やっぱシー貸し切りで婚約披露パーティーで」 26日のマスに『婚約披露パーティー』を書き足す。 「全部貸し切るの?」 「んー、広すぎるからレイジングんとこだけ」 「微妙だな!」 ついに耐えきれず二人で笑う。 10月27日に『結婚1ヶ月記念日』と書く。それから毎月27日に『結婚記念日』を書いた。 1 0月は『月面でお月見』とか、11月は何も思い浮かばなかったから毎日遊びの予定、12月は『サグラダファミリア』で『ブッシュドノエル』と『七面鳥』、『清水寺で年越し』などなど、なんて馬鹿みたいに可笑しな予定を埋めていく。 3月には俺が奇跡の進級をして、一緒に中学を卒業。その後に渡英して、ウィンブルドンの本場で暮らす。という壮大なストーリーが仕上がった。ウィンブルドンでテニスをするのかは何故か謎だった。 先輩のケータイから無機質なメロディが流れる。電話かメール着信かと思ったら、アラームだったらしい。 「9時25分まで後1分だ」 先輩のケータイの待ち受け画面、時計の秒が進むのを一緒に見守る。 「残り10秒になったらカウントダウンな」 10…9…8…7…6…5…4…3…2… 「赤也誕生日おめでと。これは無理かもしんねぇけど、二人で過ごしてこうな」 スケジュール帳を指差して嬉しそうに笑う。たまらず、抱き締めた。 イラミナママガワ |