財前と一氏



 中学に入学した最初は、何もおもろいことあらへんかった。ただ、部活見学んときに、謙也さんにしつこく勧誘されてしゃあなしに入ったテニス部だけ、妙に楽しかった。テニスちゅうスポーツが俺の肌に合っとったみたいで、あっちゅう間に上達しよったし、仲良しやけど個人主義、そない空気がえらい居心地よかった。先輩らみんなアホやったけど、テニスは上手いし、俺のこの生意気や言われる性格も容認して適度にほっとってくれる。世界中そない人ばっかりやったらエエのにて、ちょっとばかし思ってまうけど、まあ世の中みんな味方なんちゅううまいことはあらへん。渡る世間はなんちゃらっちゅうアレや。


 少年マンガとかでは、俺らみたいないたいけな少年が地球の命運背負ったり、己の命を危険にさらしながら戦ったりするもんやけど、現実やったらそうはいかん。日常は単調で、たまに退屈に思うけど、現状に満足しとる。俺はこない人生で十分やと思とった、んやけど。


 ユウジ先輩ちゅうのは初めから喧しい先輩やった。えらいテンション高いわ、訳分からんノリやわ、俺とは正反対の温度。その印象は今も変わってへんのやけど、その喧しいちゅうのが、「うっさいしウザったい」から、「嫌いやあらへん」になって、「喧しないと寂しいやんけ、アホ」になったんはいつの間やったか。何もおもろなかったはずなんに、なんでか毎日楽しい感じて、白石部長やったら「何や、財前も人間らしいとこあったんやな」ちゅうて俺んこと笑うやろう、そんくらい浮足立っとる。その場にユウジ先輩がおると、自然と視界の真ん中がユウジ先輩になっとる。そっからぼうっとユウジ先輩を見とると、いつの間にか視線が動いとる。お義姉さんの読んどった少女マンガにたびたび出とった、目であの人を追ってしまう、という現象を素で体験してしまった自分に鳥肌立てつつ、その事実が俺がいかにも恋してます言うてしゃあない。

 生まれてこの方、ちゅうても十四年やけど、己がこない感情に支配される人間やとは思わへんかった。ロッカーの位置決めのとき、くじ運のないユウジ先輩は小春先輩から一番遠いロッカーになってもうた。せやけど、その場所は俺の隣り。ユウジ先輩にとってはハズレくじでも俺にとったら一等と前後賞併せてもらったくらいの幸運や。ほぼ毎日、ユウジ先輩と自然に話す機会をくれるこの位置は最高。顔には出えへんらしいけど、めっちゃ嬉しい。ユウジ先輩が「小春小春」うっさくて、それに「キショイっスわ、うざったいっスわ」て返しとるだけやけど、ほんでも嬉しい。なんで、こない好きなんやろ。

「はあ、好きっスわ…」

 思わずため息が出てまう、って俺何言うてん!慌ててぼやけてた焦点を目の前のユウジ先輩に合わす。ユウジ先輩は皮膚ちゅう皮膚が真っ赤になっとった。ほんで、口と目を大きく開けて。

「え、財前?何言ってん…?」

 理解できんちゅう顔やってんか。アカン。失敗した。どないして繕おうて、瞬時に思った。でも出て来えへん。頭ん中、キレイに真っ白や。どないしょう、どないしょう。そうぐるぐる思考しとったら、ユウジ先輩が突然叫んだ。

「こは、小春ぅ!どないしょー!ざ、財前に、告られてまった!俺、何て言うたらエエの?ホンマか?!おおきに?!」
「あらぁ、ユウくん。そういうときはよろしくて言うのよ」

 そない大きい声でカミングアウトせんでくれますか。そう言う間もあらへんかった。ちゅうか小春先輩、「よろしく」て、どういう意味ですか。

「財前。あ、あんな、俺も好きやってんか。せやから、よろしゅう」

 そう言うて、もじもじと右手を差し出すユウジ先輩。なんやねんこれ、ドッキリとか、夢オチとかとちゃうんか。せやけども、夢やったら嫌やと思ってユウジ先輩の手をぎゅっと握ったら「痛いわ、ボケ!」ちゅうて、思っきし叩かれたんが痛かったから、ホンマもんの出来事やった。その様子を見とった先輩らは「カップル成立か」ちゅうて、まばらに拍手をくれる。

 ありえんほど世界が輝いて見える。
 握ったまま離せへん手があったかい。
 ユウジ先輩が、俺んこと見とるんが幸せ。

 単調で退屈な日常でも、俺は満足やったけど、今やったら世界中を味方につけて、冒険に出たってもエエと思う。




心臓さまに寄せて、桃色財前
20091012 町田



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