白石と丸井
世界は俺らを愛していない


 丸井くんと恋仲になって、もう5年になる。中学最後の年、戯れに付き合い始めて、遠恋やったから高校ん時には互いに彼女がおったりもした。それでも別れんかったのは、執着する術を知っとったからやろう。その点において、丸井くんはホンマに器用やと思う。女を愛すときには男になって、男を愛すときには女になれるんやから。互いに男とは浮気せんかった。男女っちゅうのは、野生の本能やからしゃあなしに。上手くやっとったと思う。
 今思えば、あの距離が一番やったんかな。財力も知恵もない子ども同士。最近の俺らはアカンのやろう。
 大学入るにあたって、俺も丸井くんも東京に進学を決めた。学校自体は違うけど、同じ沿線にあったんでいい部屋を一緒に借りて、シェアしようって話になった。互いの家との話も難なく決まり、俺らは舞い上がっとった。今まで、散々距離には悩まされてきたもんや。
 交通費はごっつい高いし、節約のために宿泊も出来んから会う時間もろくに取れん。会ってすぐベッドっちゅう、最悪のデートもしたことがある。
 あれだけ俺らを隔てていた距離がゼロになる。考えんでも素晴らしいことやった。

 丸井くんは掃除は下手やったけど、料理の腕は最高やった。それに洗濯を取り込むんと畳むんが好きやった。ゴミの分別も、癖なんか綺麗に分けよるし。俺は丸井くんのフォローをして、順調に暮らしとった。

 それが、この頃上手くいかんようになったんは、性格の不一致や生活時間の違いなんて、離婚理由みたいなもんやのうて心情の変化によるもんや。

 恋人と同棲しとるんやから、当然高校の時のように女の子と遊ぶことは無うなった。ゼミコンは行っても、出会い目的のコンパには参加せんと大人しくしとる。遊びに行くにも、女の子がおるような時には断った。
 遠恋しとる間は、ホンマに付き合うとるんか曖昧な状態やった。やけど、今はこうして一緒にいて、倦まずに恋人関係を続けられて、日ごと丸井くんを好きになってく。俺はホンマの恋愛をしとるんやと思う。
 恋人として、理想の形を俺らは作れとると思った。学校帰りに待ち合わせをして外食したり、二人ともが講義が午後からの時には一緒に朝寝したり。幸せやと思った。

 近頃、丸井くんは不安定や。
 中に出せ言うて泣いて、立てんくなるくらい自分を追い込む。翌日は布団から出ることさえできんくて、大学を休む。単位には問題ないらしいけど、ええ評価は望めんと思う。無理させんように休ませようとしても、拒んで暴れる。なだめて大人しく寝さすためには、丸井くんの満足いくまで抱いてやるしかない。俺の疲労や睡眠なんてのはいい。若さで補える。ただ、丸井くんは自棄になっとって、自分を壊そうとしとるようにしか見えへん。

 とうとう丸井くんは体を壊してしまって、看病のために俺は大学を休んだ。熱の高い体が、布団の上に横たわって苦しげに息をしている。痛ましげな姿を見れば、俺の心には後悔の念が湧きあがる。少しくらい乱暴でも丸井くんを止める術はあったと思う。俺は意気地がなくてできんかった。壊れそうな丸井くんを刺激したなくて、結局先延ばししただけで。

「くらのすけ…」

 小さい声が聞こえて、顔を上げる。

「ブン太、起きたん」
「ちょっと…ノド乾いて」
 その声は確かに掠れとった。俺は立ち上がってキッチンに水を取りに行く。赤と緑のお揃いのプラスチックカップ。赤い方にミネラルウォーターを注いだ。ついでに顔を洗う。きっとひどい顔やったと思う。
 丸井くんは上半身を壁に凭れて、窓の外を見とった。目線の先は家庭菜園のプランターやった。俺が育てて、丸井くんが料理に使う。
「サンキュ」
 丸井くんは水を呷(あお)り、唇の端に溢れたそれを袖で拭った。コップを受け取り、ローテーブルの上に置く。丸井くんを振り返ると、両腕を広げとった。俺はすぐに悟って、丸井くんを抱き寄せる。目元を肩にうずめてくるから、泣きたいんやろうと思った。じんわり、水分が肩ににじむ。

「子どもがほしい」
 丸井くんがポツリと落とした言葉が、俺の体温を下げる。手に冷や汗をかいた。
俺が、生物学上してやれんのが子どもを授かることや。俺と丸井くんが男である以上、どちらの中にも生命は芽吹かない。

「蔵ノ介と結婚したら、こういう風に暮らすんだろうなぁって思うんだ」

 俺が、法律上してやれんのが婚姻。養子縁組みをして戸籍上の繋がりを得たとしても、配偶者としての地位は与えられない。

「…くらのすけと、結婚したいよ。赤ちゃん、ほしいよぉ」

 震える体をギュッと抱きしめる。

「なんで、結婚できないの、赤ちゃんできないの?」
「ブン太…」
「なんで、女じゃないとダメなの」

 俺が生活上してやれんのが、丸井くんとの付き合いを公にすることや。
 シュレーディンガーの猫は生死不明。箱を開けてみるまでどっちか分からへん。せやけどその箱が、パンドラの箱やったとする。開けてしまえば、出てくるんは災いばかりやっちゅうことを俺らは知っとる。最後に希望が残るとしても、俺みたいなあかんたれは、その前に潰れてまう。
 俺と丸井くんのことは、他に誰も知らん。互いの家族にも、友人同士のシェアだとしか言わんかった。それが丸井くんを追い詰めたんやろか。

「泣かんでや、ブン太。どうすればええんや、俺…情けないわ」
 悔しくて、かなわん。丸井くんの背に回した手を握り締める。
「違う、違うんだよ。蔵ノ介じゃないんだ。俺…俺が、お前を愛するとき、女になれたら、よかったのに」

 丸井くんは俺の肩口から顔を離すと力なく笑って、ごめんと言うた。俺は、何も言えへんかった。オノレがどれだけダメな男なんか、思い知った。
 女を愛すときには男になって、男愛すときには女になれるなんて嘘っぱちやった。丸井くんは、確かに男やった。高校の時は女だって抱いとった。それが、一緒に暮らすようになって、俺が丸井くんから取り上げてしまった。
 丸井くんは、俺のために女であろうとしたんかもしれへん。

 男やなかったら、そもそも出会っとらんかった。
 男やなかったら、こんな関係にいたってなかったかもしれへん。
 そんな、タラレバは丸井くんも分かっとる。何の慰めにもならへん。

 男やから、丸井くんが好きというのも違う。丸井くんが好きやから、好き。それが、アカンのやろう。高校ん時、俺は彼女がおったけど、それを浮気とは思ってへんかった。二股とも思ってへんかった。無意識に、丸井くんとは別個の次元に置いとった。女やから。俺は、なんて不誠実な男やろう。

 一緒に暮らして、結婚ごっこみたいなんして、大人になってきて、ただ幸せなだけじゃダメんなった。子どもだった頃は現実なんろくすっぽ見やんで、幸せやったんに。
 俺は、丸井くんと結婚できへん。子どももできへん。二人だけの秘密で、誰も助けてくれへん。 ホンマに、俺はあかんたれやと思う。こんなクソみたいな男のために、丸井くんは女であろうとしたんかも知れん。


 俺はホンマに丸井くんが好きで、愛してる。
 丸井くんも、きっと俺のこと愛してくれとるやろう。


 それじゃ、アカンのか。幸せなだけじゃアカンのか。
 普遍の道理に従って生きなアカンのか。

 女やったら、結婚できる。
 女やったら、子どももできる。
 認められて、祝福されて、幸せに暮らせる。
 そうやって、丸井くんはまた思い詰めて泣くんやろうか。



 財力も知恵もない子ども同士の付き合いをしてた、俺がまだ丸井くんってブン太を呼んでた頃の方がよかったんやろうか。
 俺らは近づきすぎたんかな。


 ああ、このクソったれの世界は俺らを愛していない。



20090614 町田


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